prologue...

淡く、青い世界があった。
眩い輝きが遥か上から青い世界を照らし、
その下の白くもこもことした雲を照らしていた。

その、青い空と雲の真ん中に私はいた。
翼が切る風は冷たく、心地よく、
びゅうびゅうと唸る風の音は、全てを忘れさせてくれる。
空も雲も、はるか彼方まで続いていて、
他にはなにもない、私ひとりだけ。

別に独りでいるのが好きなわけじゃないけど、
この空間を私がひとりで占有できるのは、これ以上ないほど嬉しいことだと思う。
今、この時だけなんだろうけど、それでも。
大空は私のモノだった。


ころん、と仰向けになる。
あれ、違うか。
ふわっと体を回し、背面飛行に移る。
上には雲、下には空。
どこまでも落ちていきそうな、澄み切った空。
あの空の先には漆黒のソラが広がっているはずだけど、
そんなこと、全然考えられないほど綺麗な青空。
思わず眠くなってくる。
今の私が寝れるのかどうかは疑問だけども。


そうやってのんびりしていると、私のセンサーはなにかを捉えた。
鳥の群れ、なのかなこれは。
ずいぶん高いところを飛んでいる。
でもさすがに鳥が雲の上まで出てくるなんて、ないよね。

そんな常識はこの世界で通用しないということを忘れていた。
鳥らしき一団は次第に高度をあげてくる。
生体反応確認、数は26。
念のため背面飛行から元に戻る。
水平に戻り、探知遮蔽レベルを上げる。
白銀の翼が青い空に溶け込んでいき、やがて透明になる。

集めた情報から渡り鳥の一種だとわかった。
ほっとする。
あ、いけない。まだ警戒しなきゃ。
鳥だからといって、自然界の鳥とも断定できない。
本当は近くでゆったり飛びたいんだけど、今は隠密の単独飛行中。
我慢、我慢。


と、一つ気になることがわかった。
群れの最後尾の鳥の生体反応が弱い。
私は慌ててその鳥をズームして見てみた。
胸から足の付け根のあたりにかけて、赤い筋が何本か見えた。
怪我してる……っ!
このままじゃあの子、体力無くして群れについていけなくなっちゃう。
でも、今の私にはただ不安に見守ることしかできない。

そろそろ鳥の群れの上を私が追い抜く。
さっきの鳥はさらに弱り始めていた。
雲の上にでたことで、風が冷たくなり、空気は薄くなる。
私の場所だと、外気温270k…ようは−3℃
怪我した鳥にはとてもじゃないが耐えられる世界じゃない。
助けてあげたい。
ただちょっと助けるだけのことができない。
もどかしかった……

横風が吹いた。

力の無い、その鳥はバランスを崩し、

もう無理、見捨てることなんてできないっ!
大丈夫。
ばれなければ、大丈夫。
決意して、私は急降下を開始した。

落ち行く鳥は自由落下、
私は急降下。
追いつくのはたやすかった。

相対速度をあわせる。
今の私には空中ドッキングなんて軽いものだった。
ふわりと鳥を乗せ、機首をあげる。
ここからが問題だ。
雲の下にでれば発見される危険性はあがる。
かといって、あまりに素早く制動をかけると、この子が……
落下速度を必死に落としながら、雲の中に突入する。

雲に入ったぐらいで平衡感覚をなくすようなことはないけど、
それでも雲の中は不安だった。
制動を続ける。
雲の中の水滴にあたったせいで、鳥はびしょ濡れになっているはず
頑丈な鳥らしいけど、怪我している今じゃ……

雲の下にはでられない。
雲の上にでれば、氷点下近い。
雲の中だと常にシャワーを浴びせられてるようなものだった。

どうしよう…
迷っていると、鳥の群れが降りてくるのがわかった。
その群れの真下に私はいる。

慌てる。
たかが鳥の群れと思う無かれ。今の私の速度は非常に遅い。
鳥を守るために安定した揚力を生み出せるギリギリの速度を保っているから。
このままだと群れが私に必要以上に近づいてしまう。
エンジンに近づかれたらそれこそ目も当てられない事態になる。
というか、1羽の鳥を守るために頑張ったのに他の鳥を巻き込んじゃなんの意味もないし。
群れから2羽だけ抜けてさらに降りてくる。
おかしな行動だと思う。
移動中の渡り鳥が急に高度を変えたり、ましてや群れを離れる鳥がいるだなんて。

2羽の鳥が左右にわかれる。
そして一度わかれた鳥がまた接近し、交差してまたわかれる
そうしてゆっくりと私に近づいてくる。
弱った仲間につられてきたのは間違いないんだろうけど……
この行動は一体…?

鳥が近づく。
双発のエンジンは翼にぶらさがっている。
左右からの接近は危険なことこのうえなかった。
しかし、私にも逃げ場はない。
雲の下にでるぐらいなら、見捨てて加速するしかない状態だった。

キュイーン

雲の中で、その鳴き声が聞こえが聞こえるわけが無い。
そのはずだけど、私には確かに聞こえた。
聞こえた気がしただけだけど、でも確かに鳴いたんだと思う。

キュイーン

任せて、いいんだね?
安定を保つ。
あとは度胸勝負。
近づいてくる2羽が私のエンジンに吸い込まれないように祈りながら、
私はただ少しの揺れも赦さずに飛ぶ。
2羽が軽く速度を落とし、強くはばたく。
今の私は限界速度。
羽ばたきだけでも安定を保つのに支障がでかねない。
思わず目を閉じたくなったけど、閉じる目がないことに気がつく。
まったく、もう……失敗しても私のせいじゃないんだからねっ!
と、心の中で悪態をついて覚悟を決める。

2羽がゆっくり翼の上に降り立った。
途端、重さにバランスを崩しかける。
なんて重い……っ
必死に体勢を立て直す。
揺れる。
もう、ダメ!

傾いた。エンジンの回転数が無意識に上がる。
いけないっ!
回転数を落とす。
速度は限界、少し気流が乱れただけでコントロール不能に陥る。
怖い、
目もつむる事もできず、
ただ、必死にコントロールを保つ。

そんな状態に追いうちするかのように、
センサーが新たな情報を捉える。
前方にダウンバースト。
地表に叩きつけるように吹く、強烈な下降気流……。
巻き込まれれば、墜落さえしかねない。
墜落せずとも、コントロールなんてもってのほか、
ただ竜巻に巻き込まれた木の葉と同じように舞い散る。
翼をもつものにとって、どうしようもない脅威だった。

私の上ではばたき、徐々に傷ついた仲間に近づく2羽。
傷ついた鳥は私の上でぐったりしている。
どうやって助けるの?
わからない、けど急がないと……
もう時間が無い。
ダウンバーストは空のブラックホール。
近づけば引き寄せられ、コントロールが難しくなる。

ついに傷ついた1羽の前にたどり着いたらしい。
早く……私がもたない!
左の鳥が左羽を、右の鳥が右羽を踏みつける。
そして力強く羽ばたき始めた
渡り鳥なのに足で掴めるというのは意外だけど、
この鳥に関しては今更そんなことで驚くこともない
なにしろこんな空中救出劇してるわけだし。

そのとき、気流が変わった。
いやっ、えっ、ちょっと待ってっ!!
吸い込まれる風に、ついに私はバランスを崩す。
落下感と共に、背中に感じていた重量は消える。
こんな…ものっ!
スラスターを一瞬吹かして揚力を生み出す。
翼が風をつかんだ時、傷ついた鳥は仲間に支えられ、ゆったりと飛んでいた。

3羽の鳥が私の背中から離れていくのを確認し、
フルスロットルを叩き込む。
私の翼はすぐに安定した揚力を取り戻し、高度がみるみる上昇していく。
あっという間に離れたその場所には、鳥の群れがあった。
がんばれっ!
その群れに心のなかで別れを告げつつ、
私はまず目の前の危機をなんとかして回避しなければならなかった。


いかに強烈なダウンバーストであろうと、私にはその風の流れが見えている
中心部さえ避ければなんとでも……
と、計算してみると割と危ない状態だった。
うーん……邪魔無いから墜落はしないけど、それでも雲の下まで叩き落とされるのは困る
ひっじょーに困るっ
具体的にはあとで徹底的に怒られるので困る。
それできっと最後には「クソ婆」とか言うんだ、あのバカ。
私は高・校・生!
って、そんな場合じゃなかった…
そりゃ私が余計なことしたせいなんだし、もう怒られる覚悟ぐらい決めないとダメよね……

気流の渦に私は吸い込まれた。
機体に必要以上の負担をかけないように注意しつつ、無理矢理離脱を試みる
風に流されるその力の一部を、離脱の力に使うにはコツがいるらしい
あの人がその方法を教えてくれた。
今はここにいないけど、私のパートナーだった人。
今度こそ、見せてやるんだ、私の実力を。
風を見る。
単純な渦に見えても、その実複雑な螺旋をいくつも描いている。
その風をうまく利用すれば、遠心力で振り切ることができる。
そのためには、あえて風に乗らなければならない。
こんなところで立ち止まっちゃダメだ。
私は、負けない。



「で。そのあとどうなったの?」
「なんとか離脱には成功したんだけどね……」
燃料は必要量の倍近く消費していたし、予定時刻にも遅れた。
それで結局また大目玉だった。
「クソ婆」まで言われてこっちも半ギレ。
そこをあの人になぐさめるところもいつも通りだった。

「でもさ、私のやったことは正しいと思う」
「正しいもなにもないと思うけどね。早紀ぴーは後先考えてるようで考えて無いんだから」
「なによ」
「その失敗でクビになったらあんたの翼も終わりだったんでしょ?ばっかじゃないの?」
「いいの! っていうかまた早紀ぴーって言った!」
「気のせいだってば。ったく、空飛んだらちっとは心広くなるかと思えば全然じゃない」
「私美咲以外には心広いから大丈夫」
「あ、それ親友として傷ついたぞ。撤回しろっ!」
「じゃあさ、美咲なら見捨てた?」
美咲は「んーっ」と考えて、
「さぁね」
ええ、そういうと思いましたよーだ。
「あっそ」
私は美咲を置いて校舎に駆けていった。
美咲は急いで立ち上がる。
「予鈴まだなってないでしょ?」
「ちょっと寄るところあるから」
きっと美咲があっちの世界にいったら美咲もクソ婆なんだ。
そんなことを考えながら校舎の階段をあがっていく。
目指すは屋上。
こんな晴れてるんだもん、空を独り占めできる屋上は私のお昼寝スポット。
私もたまには普通の夢だって見たいしね。

大空の夢はまた今度っ!