-Long distance-



頂上を目指していた。
前方はるか遠くに見える頂がゴール。
早くたどり着かねばならないという焦燥感があった。

山は険しくて、最近ろくな運動をしてなかった体には辛かった。
だけど、頂上に早く行かねばならない。
早く行かねば。
気力で登りつづけていた。
木々の緑がまぶしい、獣道よりかはマシ、といった感じの山道。
一歩一歩、重い足を、棒になった足をただただ動かしていく。
あの頂上に、自分はたどり着けるのだろうか。
迷いは振り切って、自分を押した。


何か聞こえた
「どうですか?」
「予断を許さない状況、としか申せません」
「そうですか……」
「峠を越えれば…」


あたりを見回す。
夏の強い日差しを、木々の緑が受け止めて輝いていた。
人は他にいない、自分一人だ。
疲れすぎたのかもしれない。
休憩しようか。
そう思った瞬間にまた焦燥感を感じた。
ダメだ、休んでる暇なんか無い。
足に力が入らない、でも歩くのを止める事はできなかった。

川が流れていた。
細い山道に橋は無く、真ん中をわたるしかなかった。
流れが強い。躊躇った。
なんとか横に迂回することも出来そうだった。
だけど、急がなければ。

今の体力で川をまっすぐ渡るのは無理だと思った。
迂回するか、と思った時。
脳裏に顔が浮かんだ。
むかつくやつの顔だった。今まで何度も喧嘩した。
そいつには負けたくなかった。
急流にも負けたくなかった。
止まりかけてた足を、そのまま水の中に進めた。


一歩進むのに普段の何倍も力が必要だった。
のんびり進んでられない。
ありったけの力をこめて一歩を踏み出す。
また、一歩。
そこの岩に足を滑らせ、もう片方の足で踏ん張った。
流されたら最後だ。
しかも、自分は急がなければならない。
足が冷たさに悲鳴をあげる。
負けるものか。

死に物狂いで対岸に辿り着いた。
河を渡り終わると、少し空が赤みを帯びてきた。
時間が無い。
びしょ濡れのズボンが体温を奪う。
さっきまで暑かったのに、今は体中の力が抜けそうなほど寒かった。

また坂を登る。
頂上までそう遠くは無いはずだった。
だけど、時間も無い。
夕焼けの中、坂を登る。
まだか?
まだだ。
足の感覚はずいぶん希薄になっていた。
思考もまとまらない。
なんで、俺はこんなに頑張って登っているんだ。
わからない。
わからない。
休みたい。
休んでしまおうか。

ダメだ。
とまりそうになった足を思いっきり前に出す。
痺れた痛み。
まだ、行ける。
時間に絶対、間に合わせる。
空が赤かった。

頂上が見えた気がした。
まだあれが頂上かはわからない。
でも、坂の先は空しかなかった。
赤い空。
燃え上がる雲がこっちをにらんでいた。
時間が無い。
足を動かす。
感覚が無い。
もうどうでもよかった。登れれば、それでいい。

目の前に地面が迫ってきた。
足がもつれたのだと思った時には、目の前が暗転していた。
転がる。
目の前が真っ赤だった。
空の赤が目の前にあった。
もう、ダメなのか。
体の感覚は無い。音も聞こえない。
ただ、空の雲がくっきり見えるだけだった。

なんで頂上を目指していたんだろう。
なんのためにここにいるんだろう。
大事な目的があったはずだった。
思い出せない。
なんでだろう。

空が暗くなってくる。
いつのまにか、自分は山の陰に入っていた。
雲だけが燃えるように赤い。
さきほどまで見えてた緑が、少し黒っぽく見えた。
もう、動けない。


また顔が思い浮かんだ。女の子だった。
誰だっけ。もう考える気力も無かった。
だから口にしてみた。
「誰だ?」
殴られた。
蹴られた。
体の感覚は無いはずなのに、すごく痛かった。
何か喋っていた。こっちは聞こえない。
でも、見えた。
唇の動きが見えた。
わかってる。
こんなところでへばってる場合じゃないな。

体の感覚が戻ってきた。
重力はほとんど感じなかった。
あと少し。
走った。
空の黒さがやってくる。
走る。早く。

坂の上。
太陽が沈みかけていた。
あと三歩。
1、2…3!

太陽が、沈んだ。





気が付いたら今度は真っ白だった。
真っ白な天井。
寝転がってる自分。
左を見る。
点滴のチューブが自分につながっていた。
下を見る。
布団。それと……これは置いといて。

右を見た。

さっきの女の子だった。
そんな他人行儀な言い方は無いな。
とりあえず、うつむいていた。
寝ているようだった。
看病していてくれたのだろうか。
きっとそうだろう。
起こすのも可愛そうな気がした。
……そう思ったとたん、さっきの痛みが蘇ってきた。

こいつめ。
左腕には点滴が刺さってるが、右腕は動かせそうだった。
包帯は巻かれてるが、ちゃんと動かせる。
布団から出す。
勢いつけて頭を殴った。

病人のパンチなど、たかが知れたものだが、それでもそれなりの威力はあるらしい。
椅子からずり落ちて……

べちっ

いい音がした。
「痛ったぁ〜い」
起きた。
立ちあがって、あたりを見回して……
こっちを見た。
動きが止まる。
「おはよ」
俺は言った。
彼女は口をあけてぽかーんとしていた。
やがて、布団からでてる俺の手に気づき。

「おはよじゃないわよ、バカ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」


俺は再び意識を失うのだった。


END

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