黄色い小さな玉が跳ねた。
どっからどう見ても卓球の玉だが、それを弾いているのは一本の木刀だった。
「980、981、982…………1000!!」
……ずっとついてたらしい。
まったくもって何の練習かわからないところである。
「見てなさいよ……由香!!」
第二回卓球トーナメントの罰ゲーム。
あれを思い出しただけで………
憎悪に燃える楓だったが、何かが間違っている。
実際、となりで見ていた疾は呆れ顔だった。
「なぁ、姉ちゃん。何考えてるんだ?そんな練習して」
「ふふふ…知りたい……?」
邪悪さ満面の笑みで振り向く。
「……いいです」
あの目はあれと同じだ。そう、あの阿部綾菜という化け物の………

「くしゅんっ」
「どうした?この時期に風邪を引くと大変だぞ」
茂雄は意外と料理が上手い。
とはいえ、さすがに綾菜には敵わないので普段は厨房には立たないが、手が空いてるときは自分で調理することもある。
「いえ、大丈夫ですよ。ちょっと鼻がむずむずしただけですから」
「そうか。胡椒が多かったかな?」
雪に埋もれた旅館にはいつも客がいる。
多かれ、少なかれやはりいるのだ。
休めるのは、ほんのわずかな間だけ。
でも、その間は楽しかったと二人は思っていた。
が……
「そういやな」
「はい」
「あいつらが壊してった物品、合計すると結構な額でな」
「はい」
「……次のシーズンオフの旅行、海外は無理だ」
「………………」
すちゃっ♪
「ちょ、ちょちょっと待て!!それはなんだそれは!!」
「火炎放射器です。あとほんのちょっと引き金を押し込むだけで……」
「わかってる!!お前の気持ちはわかってるが……経営が……」
「……うふふふ……」
手遅れだった。
「ぎゃあああああああああああああああああああ」

「で、復讐のため、わざわざここに呼び出したの?」
公共団体が運営する、スポーツセンターの一角。
「私はこの日のために血のにじむような努力を……」
「そんな大げさな……」
そういう由香子に、疾は大きく首を横に振った。
「………」
固まる由香子に深い同情の表情を浮かべる疾。
「……マジ?」
「残念ながら」
木刀の上でピンポン球1000回つきというのは、血のにじむ努力として認められていいと思う。
「覚悟しなさい……由香!!」
「……い、いやっ……!!」
自分のした仕打ちを思い出す。
確かに……あれはやりすぎとは思った。
ちょっとやりすぎた。
それがまさかこんな形で自分に返ってくるとは。
「覚悟!!」
サバイバル卓球が始まった。

「おい、宗也! 本当に合ってるんだろうな?」
「……自信は無い」
「……オイオイ」
今日もでこぼこコンビは行く。
「多分、あの角を左だ」
「ったく、あいつも携帯の番号ぐらい書いてよこせってのによ〜」
「まぁ、急に行ったほうが再開の喜びもあるだろ」
「合格したのかな、あいつ」
「どうだろうかな。なにしろ、あの時期に次郎と戯れてたぐらいだし」
「なんだよ、まるでこのボキが悪いみたいじゃないかぁ?」
「事実だろ」
角を曲がり、一件の家が見えた。
『青野』
すかさず、次郎がピンポンを押して扉の影に隠れる。
「おい」
と言ってるうちにインターホンから声がでる
「はい」
「長谷川です。えっと、博人君はいますか?」
「あ、長谷川さん? 博人から話は聞いております。ちょっとお待ちください」
インターホンが切れた。
「俺のこと、親御さんに話したみたいだな」
「ボキは?」
「んなこたぁ知らん」
しばらくして、階段を駆け下りる音が聞こえた。
ドアが開き
「わっ!!」
「んのわっ!?」
出てきた博人が次郎に驚いてそのまま宗也にタックルをかました。
「ぐはっ!?」
ちなみに構えてなかった宗也のみぞおちに肘が入った。
それもダイレクトに入ったのか、宗也が膝をつく。
「よし、よくやったぞ、博人!!」
「え? ええっ!?」
「……次郎……あとで潰す……」
ドアを出たとたんにこのノリ。
あの時の、このノリ。
「お久しぶりです、宗也さん」
「ごほっ……久しぶり……」
「ボキには挨拶なし?」
「ない」
いつも以上に冷酷に突き放す博人であった。
「そうだ、こいつになんか挨拶しないでもいいぞ、博人君」
「ふん、どうせボキは悪役さ!」

連れだって、近くの喫茶店に行く 
「結局、どうなったんだ受験は?」
「全部落ちました」
「だろうなぁ……って言ったら失礼だな。スマン」
「いえ。自分でもちょっと無理があると思いましたから」
もともと受験勉強なんぞをまともにやってたわけでもない。
浪人は戻ってきた時に覚悟してた。
「あの〜、お二人さん。ボキを露骨に無視……」
「そういや、どこ受けたんだ?」
「S大ですよ。最近、注目を浴びてるっていうしいいかなって」
『S大はやめたほうがいいぞ、苦労するから』
二人の声が見事にハモった。
「……まさか」
「そう、俺たちの行ってるのがS大」
……確かに疲れそうだ。
「でも、面白そうじゃないですか」
「いや、ちゃんと見てみればわかるが、A教授とか最悪だからな」
「あとボキとしてはR教授とか……」
二人が大学の話を始め、博人は相づちを打ち。
時間はすぐに過ぎていった。

「そろそろ、俺は帰るかな」
「そうですね。ずいぶん暗くなってきましたし」
「また会いにくるからな、真面目に勉強しろよ!」
「次郎には言われたくないな」
「また年上を呼び捨てにするか、コイツは」
とはいえ、次郎を先輩扱いにしたのは由香子と楓の二人だけである。
「じゃあな!」
「宗也さん、次郎!」
別れる間際に行っておきたいこと
「僕も修行積みますから! 今度はお手合わせ願います!!!」
………彼の進路はこの方面に決まっていたらしい。


「さぁ、覚悟はできているわね……?」
試合に完敗してから、由香子はこの部屋に連れ込まれていた。
窓はなく、出入り口の扉は一箇所。
その扉も、複雑な表情の疾に塞がれていた。
「許せ由香子、俺はまだ命は失いたくない……」
彼はそう語り、それからは黙ってその場に座っていた。
「もう一度聞くわよ? 覚悟は、できてるわよねぇ……?」
邪悪な笑みを浮かべて楓が由香子に迫る。
「い、い、嫌ぁ……」
半分涙目になりつつ、必死に逃げる。
だが、その先にあるのは壁。
「どこがいいの? あなたは……」
「やめて……お願い……」
「もう遅いわ。あなたが原因を作ったのだから……」
楓の手がゆっくりと由香子に伸びる。
後ろはもう壁。逃げ場はどこにもない。
「だ、だめ……」
「ふふふ……」
もう、誰も楓を止めることはできなかった。


「なぁ、宗也。久しぶりに外で一緒なわけだし、一杯行かないか?」
「俺は最近もつき合わされたんだけどな」
「誰に?」
「真田だよ。水瀬のことでな……」
「ああ……あれか……ヌフフフフ」
「嫌らしい笑顔してんな。真田、やっぱり復讐するらしい」
「復讐っていうと、やっぱりあれか?」
「あれだろうな」
「……ボキも行きたかったぞ疾、コンチクショウ!!」
「とばっちり食うぞ」
「とばっちり上等、ボキは多少の被害よりもその場にいる利潤を考える!!」
「利潤というかおのれは」
「宗也だって盛り上がってただろ、あの時は」
「まぁ……あの時はアルコールも入ってたしな」
「疾止めるのに苦労したぞ、なんでボキがあんな役……」
「俺だって疲れるからな。まぁ、頭に血が昇ってたから一発で倒したんだろ」
「そりゃ、そうだけどよぅ」
「まぁいいか。それはともかく、どうするんだ?」
「それはボキのセリフ。お前の返事待ちしてるんだって」
「あれ?そうだったか。じゃ、行くか」


「あ、あ、そ、そこは……」
「ここ? ここなのね……」
楓の手が伸び……
「やめ……」
その声は途中でかき消え……
「う……ぬふ……」
由香子は必死で耐えるが、我慢の限界だった。
「は……きゃははははははっはははっはは」
楓のくすぐり攻撃の前に、なす術も無く身を悶え苦しむ。
「ここね!?ここがポイントなのね!?」
容赦が無い。
ちなみに、由香子が楓にやったその時は、アルコールも入ってたし男達の受けが良かったためこっちも途中でやめたりしなかった。
楓が力尽きるまでひたすらくすぐっていたのである。
翌日、楓が全身(特に腹部)の筋肉痛を訴えたことからもその激しさが伺える。
「ぎゃはははははははははははは」
顔が乱れて見苦しいことこの上ない。
これがあの時だったら、全員引いていたところである。
ある意味楓で正解だったのかもしれない。
……被害を受けるのが由香子一人だから。
「もうやめて……くふっふふふふ……お腹が……」
「ダメ!この程度で私の復讐は完成しないわっ!!」
楓のほうはかなり楽しんでたりする。
「哀れ……」
一人、心の中で同情して涙する疾であった。


ちなみに、翌日。
由香子は自分が起きれないほど筋肉痛であることにがく然とし、宗也と次郎は二日酔いでダウンしていた。
さらに茂雄は焦げた頭をさすりながら雪上モビルを飛ばしてコケる。
清々しい顔の由香子、綾菜、博人。
世の不条理を感じ、一人旅にでる疾。

人の物語は続いていく。
ただし、この人たちの物語は……平凡ではなしえない。
決して……

(完)

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