第三章  月夜の登山行、凍れる雪の柱


顔が腫れて痛いが、それ以上に気になることがあった。
「さっきの轟音ごうおんは一体……? あの黒い煙は……」
「また始まったな。生きてるかな、茂雄叔父さん」
博人はとりあえず、廊下を走って煙の出ていた部屋に向かう。
角で飛び出してきた由香子とぶつかる
「きゃあ!」
「のわっ!?」
二人して倒れた。
「た、た、大変! 綾菜さんが暴走して、火を吹いて、ロケットランチャーで、ビデオカメラが、茂雄さんで、爆発が……」
「わかったわかった、とりあえず落ち着け水瀬」
そして、付け加える
「いつものことだ。とりあえず、今はそっとしとけ」
「は、はぁ……」
なんとか、ゆっくり起き上がりながら返事する。
「あの、いつものことって……」
「……あれが夫婦喧嘩なんだろう、多分」
言って、廊下の先を見る。
銃声と悲鳴が延々と響いていた……

「ったくもう、怖いのなんのって。最初にロケットランチャー食らったときは死ぬかと思ったぞ」
いや、普通の人なら間違いなく死んでるって。
「サブマシンガンってあれ弾ずいぶん入るんだな。弾切れになるまで大変だったぞ」
普通にかわしきれずに死にます。
これほど危険な夫婦喧嘩があったものだろうか……?
部屋の壁は崩壊し、すすけている。銃弾の痕が、やけに生々しい。
これで血がこびりついてたりしたらもう、どこぞの戦場だが、茂雄は打撲のあとこそあるものの、銃などの火器によるケガはなかった。
「茂雄さんって、人間じゃないわよね〜〜」
無責任に由香子が呟く。その場にいる者全員が心の中で同意したに違いなかった。
実際は、綾菜がすれすれで当てないように撃ってるせいもあるが、息があってるからこそこうやって生きているのだろう。
喧嘩はしても、やっぱり夫婦だった。
「夕食の用意ができましたよ」
奥から聞こえてくる綾菜の声は、元通りの普通の声だった。

あた〜らし〜いあ〜さがきた〜
ラジオ体操のテーマがどこからともなく流れてきた。
次郎は、目をこすりながら顔を上げて見回す。
宗也がラジオ体操をやっていた。
どうやら、早朝トレーニングを室内に変えるために、ラジオ体操を取り入れたらしい。
「宗也ぁ〜、うるせぇぞ〜」
「ん? 次郎、もうそろそろ起きていいだろう」
「早ぇよ〜。ボキはもう、寝ると決めたらキューピットが起こしてくれるまで寝続けるぞ〜」
さすがに、この時間に起きている人間は用事がある人だけだろう。
旅館に泊まっているのに、わざわざ早起きするのは普通に考えて意味はない。
ところが。
「ウォラ! 山田次郎!」
疾だった。寝癖ねぐせで髪の毛が逆立っているが、本人は気にしてないようだ。
「俺と勝負しろ。逃げは許さねぇぞ!」
「逃げるとか、戦うとかどうでもいいからボキは寝る〜〜」
寝ぼけてた。疾も半分寝ぼけて来ているようなもんだったが、布団に包まって寝ぼけているのと、立って寝ぼけているのとでは機嫌が全然違う。
人は眠い時は簡単にイライラするものである。
容赦なく、疾は踵落しを布団に見舞った。
「あ、危ねえじゃねえかよ」
寝ぼけていても、なんとか危機を察してかわしたらしい。
「問答無用!」
朝っぱらから、うるさい声が旅館内で響いた。

「次郎さん、おはようございます」
綾菜が丁寧に挨拶する。
「おはようございます!」
それは気合が入っているのではなく、焦っている声だった。
「待ちやがれっ!」
「疾君、おはようございます」
走ってくる疾に、こちらはマイペースで同じように声をかける綾菜。
「おはようっす!」
駆け抜けた。
「朝から騒がしいわね……」
先に来て、テレビを見ていた楓がぼやく。
「うおりゃああああああ」
疾の飛び蹴りが次郎の脇腹を捕らえた。
「ぐをっ!」
どんがらがっしゃん
制裁せいさい完了! おし、次!」
「まだやる気なの? ほどほどにしなさいよ」
「へーい」
疾は走り去っていった。

食事が終わった直後だった。
「勝負だ! 長谷川宗也!」
ちなみに、博人への制裁は食事前に済ませてある。
シップの枚数が一枚増えているから間違いない。
「ついに来たか……」
最初の目標である、次郎を狙ったときには睨まれただけだったが、結局闘うつもりらしい。
「そのマッチョな体躯は気に入らねえんだよ!」
こじ付けのようだが、実際に常日頃からそう思っているからでもある。
「まあ仕方があるまい。相手をしてやろう」
「わっ。でた、長谷川先輩お得意のあれ!」
宗也は上着を脱ぎ捨てた。Tシャツは脱がない。
だが、その次にしたことはすでに常人のレベルではできないことだった。
「ふぬうううう! うおりゃあああ!」
筋肉が膨れる。たまらず、Tシャツが左右に裂けた。
思わず、口笛を鳴らす疾。
「そう来なくっちゃな。準備はいいか?」
「いつでもこい。お前なんぞは足元にも及ばんこと、その身をもって知るがいい!」
「長谷川先輩かっくい〜〜」
毎度のごとく、ギャラリー担当の由香子。
「行くぜ」
疾が地面を蹴った。
正面から真っ向勝負。体格の差を考えると、無謀にしか見えなかった。
「甘い!」
左手を突き出し、それをフェイントに右ストレートが疾を襲う。
疾は見破っていた。迫る左手を軽くはじき、本命の右ストレートをかわし、伸ばしきったところを掴み、迫ってきた勢いを利用して肩からタックルをかました。
体重差は倍近くあるだろう。だが、そのタックルで宗也は宙に浮いた。
そのまま、壁まで吹っ飛ぶ。
そして、そこから息をつくまもなく疾の水平蹴りが宗也の脇腹に直撃した。
地面に倒れる。
「え〜!? ウソウソ!? マジ!?」
由香子が騒ぐ。あっけないほどに、宗也は地面に這っている。
「どうした、その程度か?」
疾が挑発する。宗也がのそりと立ち上がった。
「見事だ」
宗也は言って、身構えた。
「では、今度はこちらからいくぞ」
宗也が蹴り上げてくる。
隙の大きい攻撃だが、その速さと次の手が読めないことから疾は一旦下がった。
そこに大きく踏み込む宗也。床が大きく揺れる。
「食らえ!」
疾は一気に間合いを外した。
だが、宗也の繰り出した拳は、衝撃をともない延長線上にいる疾を直撃した。
たまらず、よろける疾。
それは、気のかたまりだった。目に見えない気の塊を拳から打ち出したのだ。
「こいつは面白いな……」
疾も同じように構えた。
二人の拳が同時に繰り出される。
空間が弾け、空気の振動が音や衝撃を伴って部屋中を襲った。
「勝負をつけてやる!」
「来い!」

そして、三十分後。
「………」
「ぜーは、ぜーは……」
勝負はつかなかった。
「終わりに……しないか?」
「……そうだな……だけどその前に一つ…」
疾は睨んだ。
「姉ちゃん達にちゃんと謝れ」
「……そのためだったのか」
「いいからさっさと」
宗也は向き直って、頭を下げた。
「昨日は悪かった。すまない」
「ぬぅ……まあ、よしとするか」
偉そうに、疾が言った。
「あんた……呆れさせるわね、ほんと」
「うるさい。俺は俺のやりたいようにやっただけだ」
肩で息をしながら言った。
「まぁ、めでたしめでたし、ってところかしら」
由香子がまとめた。
「あ。それじゃ終わりですね? ちょっと用事があるんですよ」
綾菜が宗也に声をかけた。
「えっと、これは男の子たち全員にお願いします。午後から茂雄さんと、ある場所に向かってもらいます。細かいことは歩いてる途中て話してもらうとして、それでいろいろとそこで手伝って欲しいんですよ。よろしいですか?」
「は〜い」
「わかりました」
とりあえず、息の上がってない二人が答えた。
「それでは、準備しておいてくださいね。外で時間もかかるので、それなりに準備していったほうがいいですよ」
何をするというのだろうか?
それを考えつつ、博人は部屋に戻っていった。

新雪が積もった道を五人は歩いていた。
「あたり一面が真っ白ってすごいよな〜」
次郎が一番後ろだ。
なぜかはわからないが、そういう配置に最初から決定していた。
「行き先はまず、この先にある山小屋だ。いろいろと道具が置いてある」
「なんの作業をするんですか?」
「まぁ、土木作業さ。現地についたら詳しいことは話す。オラッ、トロトロしてねぇぜさっさと行くぞ!」
雪の山道を登る。
足元も滑るし、これが想像以上に大変だ。
晴れているが、雪が光を反射してまぶしいのでかえって大変だ。
「そうだ、お前ら日焼け止めは塗ったか?」
「え? 日焼け止め?」
「あっ! そうかお前ら雪山登りなんてしたこと無いんだよな」
道の脇の雪を踏み固めて、その上に荷物を置いた。
ごそごそと探して、目的の物を見つける。
「山登りのときは必須だぜ。特に雪は光を反射するからな、冬でも簡単に日焼けしちまう」
日焼け止めクリームを宗也に手渡す。
「顔に塗ればいいんですか?」
「他に露出してるところはねえだろ。念のため、首あたりも塗ってもいいかもしれんがな」
次々に手渡して塗っていく。箇所かしょが少ないからすぐ終わる。
「でも、なんで山登りで日に焼けるんだ?」
疾が顔をしかめて聞く。
「馬鹿か?」
「なんだと!?」
「当然じゃねえか。高地に行けば行くほど放射線を吸収する大気は薄くなるんだぜ? それに言っただろ、雪は光を反射するから他の場所よりも特にだ」
「……言われてみれば……」
「…ったく、気づかねぇのはともかく、その理由ぐらいは考えられただろうが」
「いや、ボキもわからなかったぞ」
「お前は最初から問題外」
「し、失礼な! これでもボキは大学生……」
「浪人したんだってな」
「うっ!? ……宗也ぁ!」
「すまん。夕食のとき、つい」
一流大学に受かるのに浪人したわけではなく、単にさぼってたから三流大学を受けて浪人したというのが真相。
「んなこたどうでもいいから行くぞ! 作業は暗くなったらやりづらいからな」
急いでついていく二人。
昼過ぎの太陽は、厚着で山登りするにはすこし暖かすぎた。

宿からずいぶん歩いたと思う。一行はようやく目的の山小屋に到達した。
「さっさと中入れ。説明するからな」
小屋の中は簡単な作りだったが十分な広さがあり、十人は泊まれそうだった。
どこからとも無く茂雄が机を引っ張り出してきて、その上に地図を広げた。
「俺たちが来たのはこの道だ。このままずっと登っていくと南斜面から山頂に至る」
指でなぞっているのでよくわかる。
「んで、今回はこの先の分岐点。ここで、少しこっちに下る」
指が少し進んだ後、今度は横道に入って斜面の下りのほうに動いていった。
「そして、ここが目的の場所だ。ここで秋に土砂崩れが発生して、湧き水ならず、湧き湯が出なくなっちまったんだ」
「それで?」
「そこを掘り起こす。湧き湯が復活するとは限らないが、結構問題なんでな。なんとかしてみよう」
「でも、なんで秋のうちにやらなかったんですか? 冬になったら余計大変じゃ……?」
「いや、あそこでは冬場以外では長時間の作業ができねえんだ。業者に一応、頼んでみたんだが対応法が無いってな」
「? なんで?」
「あそこは硫黄ガスの噴出地域なのさ。冬場は雪に埋もれて、ガスも雪に吸収されて問題にならないレベルだが、普段は臭いし頭痛くなるしで、近寄れたもんじゃねえよ」
「はぁ……」
ずいぶんと難儀なんぎな場所である。
「よし、じゃいいな? 各自、小屋の裏にある倉庫から好きな掘り出し道具もってけ」

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