というわけで、男子露天風呂。
「はぁ〜疲れた〜」
博人が来たときには、すでに疾がのんびり浸かってた。
一日目は無口だったが、ある程度打ち解けてきたのか…まだそれほどではないが話すようになってきている。
そう思ったので、博人は自分から声をかけた。
「えっと、疾君」
「呼び捨てでいい。俺もそうするし」
いや、年上を普通に呼び捨てするなよと心の中で突っ込むが。
「んじゃ、疾。由香子さんって、いつもあんな感じなの?」
「ん〜…まぁな。そういや、昔からあんな感じだな」
「昔って?」
「俺が小学だったから……姉ちゃんと由香子は中学生だな。そんころからの友達だってよ」
高校では別々になったけど、たまに会っていたらしい。
それが、進路がたまたま一致したため、同じ大学に行かないかという話になったのだ。
「大学に入ってからは姉ちゃんの親友になったらしく、結構うちにも来てたぞ」
「へぇ〜…」
二人が対照的で合わないという気がするが、逆に対照的だからこそ合うんじゃないかという気もする。
「お〜い、博人、疾〜!」
「げ…次郎……」
見たところ、疾は次郎が苦手らしい。
嫌いなタイプならしいが、一応年上であることやら周りのことやらで表にあまり出してないようだが。
どうやら、それぐらいの分別ふんべつはつくらしい。
「いやぁ……いい湯だな〜……ボキは幸せだ〜〜」
次郎は二人から離れたところに浸かった。宗也も少し遅れて同じあたりに浸かりにいく。
疾が博人に耳打ちする
「あの単純馬鹿男を殴れたらどれだけ楽だろうと思う」
「ははは……」
苦笑する。
「楓さんと由香子さんも今ごろ入ってるんだろうな〜〜」
次郎がつぶやく。そして、遠くを見る。
「入ってるんだろうな〜〜」
繰り返す。
男子露天風呂に微妙な空気が流れる。
静けさの中に思惑おもわくを空気に含んだ均衡ができる。
もし、意識してやったなら……次郎はかなりの策略家なのかもしれない。
「宗也、男は自分に素直であるべきだ。違うか?」
「いや、その通りだ。して、お前は何を企んでいる?」
「企んでなんかいないさ〜」
そこで語尾を延ばしたまま、ゆっくりとあたりを旋回する。
「ただ直接的にこっそりと、もう行動するだけさ〜」
オイオイ。心の中で博人はツッコんだ。
宗也がどうせ止めるだろうと、宗也に注目する。
だが、その口から出たのは意外な言葉だった。
「よし、行くか」
「ええっ!?」
驚いた。あまりに予想だにしてなかったので、座っているにも関わらず滑った。
「ど、ど、どうしたんですか?」
「博人君、よく聞きたまえ」
軽く首を横に振りながら宗也はいった。
「ばれるかばれないかの緊張感、スリルこそが漢のロマンだ」
「その通り!」
次郎が馬鹿でかい声で賛同する。
次郎がそこまで考えて言ったようには思えないが、博人を説得したいらしい。
「いいか、このような機会はもう二度と無いのかもしれないんだぞ! 露天風呂で、ちょっと離れた向こうには女の子二人が……こんなシチュエーションはもう無いぞ!」
宗也の力説が怖い。怖いが、よくわかる。
よくわかるが……そんな簡単に割り切れるわけが無い。
それ以上に、割り切るとかそういう話以上に、怒りをあらわにしている奴がいた。
「次郎さんよぉ……お前はなにをしようとしているんだ? 教えてくれよぉ」
こめかみに青筋が浮かんでいる。怒っているどころではない、キレかかっている。
「ふっふっふ……我らが道を阻むものは排除すべし! 行くぞ、宗也!」
次郎が湯を飛び出し、同時に反対側に疾も飛び出し、互いに対峙した。
即座に、次郎が飛び蹴りをしかける。
「シスコン野郎に用は無いーーーっ!」
「このエロボケがぁーーーーーっ!」
二人の蹴りがぶつかり合う。
次郎は空中からの攻撃だし、疾も足場は危ない。
だが、もともとの技量の差か、次郎があっけなく湯の中に没した。
「ふんっ。俺でさえ、最後に見たのは七年…ってそうじゃなくて! お前なんぞに行かせるわけには……」
言葉をさえぎるかのように次郎が沈んだ地点から何かが投げ放たれた。
地面すれすれをこするようにして飛んできたそれを、疾はジャンプして避けた。
それが間違いだった。
足が地面についた瞬間……疾は自分の重心に異常を感じた。
「うををををっ!?」
気づいたときにはもう手遅れだった。
投げ放たれたのは石鹸で、地面すれすれではなく、地面を滑って行ったのだ。
そして……

ゴツンッ

あまりにも痛そうな音がした。
「悪の根源は滅びたり!」
「いや、お前が悪だろ」
「行くぞ、皆の衆! 楽園はすぐそこだぁ〜〜!!」

寒さなど感じない。
結局引っ張り連れてこられた博人だったが、とにかく緊張していた。
まさか覗きにつきあわせられるなどと、昨日や一昨日の時点で思っただろうか?
「今さっきでも、そんなこと考えもしなかったよ……」
「なんか言ったか? 青野三等兵」
次郎は、とりあえず博人が一番階級が低いと言いたいらしい。
バスタオル一枚の三人組が、忍び足で平べったい石の道を歩く。
「いいか、お前達。ここから先は敵陣だと思え! 音を立てたらばれる。荒い息遣いも禁止だぞ!」
と言っている本人が一番息が荒い。
「了解した。コースは隊長に任せるぞ」
宗也が面白そうに言う。こんな状況下でも見た目が普段と変わらないからすごい。
宗也にとっては、これは先ほど言ってたような緊張とスリルを味わうだけのものでしかないのだろうか?
「よし! では……」
「こんなところで何をしている?」
魂じゃなくて、心臓が口から飛び出しそうになった。
次郎も驚きのあまり固まっている。
「あ、叔父さん」
この人は普通だった。
「ん? そうか。そういうことか」
なにやら一人で納得している。
次郎が身構える。いざとなったら、叩き倒して逃げるつもりらしい。
「よし、じゃこれ頼んだ! 大丈夫、防水処理もしてある」
そう言って、固まったままの博人にある物をわたした。
「じゃあな! 頑張れよ!」
若いっていいなぁ……などと呟きながら茂雄は去っていった。
博人の手には、8ミリビデオが鎮座していた。
「……仲間か。驚かせやがって…」
「仲間でいいの……? あの人は……」
「そういうもんだ。気にしないで行こう」
宗也は一人頷いて、先をうながす。
「よし。敵陣は間近だ! 用意をおこたるなよ!」
「えっと、用意って……?」
「カメラの録画ボタンをONだ!」
「………はい……」
おとなしく、ボタンをONにした。
ここまできて逆らいようが無い。
「それでは……突撃」
小声で言うと、再び行軍を開始した。

近くの林は隠れられるかどうかが微妙な位置だった。
だが、ここまで来たら実行に移すしかない。
寒い中、わざわざ来たのだ。
慎重に、慎重に隠れながら移動する。
三人とも一言も発しない。
足元に気を遣いつつ、そろそろだなと緊張しながら、ちらちらとその方向を見る。
「湯煙でみえないぜ」
小声で次郎がぼやく。
「もう少し、近づこう。まだ大丈夫なはずだ」
ゆっくりと近づく。
微風が吹いた。
三人がそろって唾を飲みこむ。
湯煙がゆっくり晴れていって……。
楓がいた。
そこに仁王立ちしていた。
バスタオルを体に巻いて、殺気を体中にまとわりつかせ、木刀を片手にして。
「あの……えっと……その……」
次郎が…とりあえず声を発してみる。
楓がゆっくりと顔を上げた。
鬼の形相だった。
「覚悟はいい……?」
嫌だ。全然覚悟なんかできてないよ。
三人の顔にはそう書いてあった。宗也でさえ、この時は同じような顔をしていた。
「行け〜! やっちゃえ〜! ボッコボコにしてやれ〜〜!!」
後ろで由香子が無責任に応援していた。もちろん、バスタオル防御は完璧である。
木刀がゆらりと、正眼に構えられた。
「……覚悟!」
男達は顔を見あわせた。
次の瞬間に取る行動は決まっていた。
「散開!!」
「待ちなさい!」
楓の斬撃は速かった。
「うぎゃああああああああああああ」

男湯で一人、ゆったりと浸かっていた。
「だから言ったのにな。あ〜極楽、極楽」
大きなコブをさすりながら、疾は鼻歌を歌っていた。
意外とすぐ復活した疾が、壁越しに警告を与えていたことを三人は知るよしも無かった。

三人をボコボコにした楓と、それに乗じて蹴りを入れまくった由香子の二人が廊下を歩いていた。
「これなんか最悪よね。綾菜さんに一応、見てもらうけど絶対あの中の誰かよ!」
「どうせ、山田さんあたりよ。まぁいいじゃないの、結局難を逃れたんだし」
「由香ってなんでいっつもそう簡単に割り切れるの?」
「ん〜〜。まぁ、わたしゃこんな性格ですからね〜」
そして……
「綾菜さん、これに見覚えありますか?」
それは、博人が茂雄に手渡されたカメラだった。万全な防水加工がしてある。
「あら………これはもしかして……」
「博人君が手渡されたとか言ってたんですけど……」
「そうですか……。じゃあ、それ置いて……しばらくそのあたりで待っててくださいね」
綺麗な顔にいつもの微笑を浮かべたまま……しかし、わずかに顔の各所を痙攣けいれんさせながら歩き去っていった。
どうやら本当に茂雄の物だったらしい、と二人は悟る。
「……どうする?」
「追いかけよ。見てみたいし、綾菜さんの怒ったところ」
「物好きねぇ。でも、私もいくわ」
こっそりと、二人が後ろをつけていく……

「茂雄さん、ちょっといいですか?」
茂雄の部屋をノックしてみるが、反応なし
「入りますよ?」
合鍵を使ってドアを開けようとした。
開かなかった。
「無駄な抵抗は……」
呟きつつ…、帯の裏を手で探る。
「およしなさい!」
ガキンッ ガキンッ
ドアノブが弾けとんだ。そして、綾菜の右手には硝煙を棚引かせる黒光りする物体が……
「ねぇ……由香、あれって……」
「うん、あれはあれだと思う」
拳銃。それも、かなり重そうなものだった。
ドアを蹴破る。
「ま、待て! 落ち着いて話せばわかる!」
「何がわかるというのですか?」
ズキュンッ
弾痕が壁にできる。耳のすぐ真横だった。
「ひぃぃぃ〜〜」
「そうやって、まだ懲りずに盗撮めいたことをやろうとするなんて……」
そして、振り向いた。しかし、銃口は揺るがず茂雄を狙っている。
「そこの二人」
『は、はい!』
思わず、声が裏返る。
「この人を見張っててください。逃がしたら承知しませんから」
綾菜は無表情だった。だが、二人にはそれが閻魔大王も真っ青の恐怖の面構つらがまえに見えた。
ゆっくりと頷く。
綾菜は走って部屋を出て行った。
「た、助けてくれ!」
「ダメですよ……私達だって、怖いんですから…」
まさか、あの温厚な綾菜が切れるとこんなことになるとは思いもしなかった。
しかも、拳銃をいつも忍び持っているとは……物騒にもほどがある。
「に、逃げないと大変なことに」
「もう手遅れですよ」
壁の向こうから声が聞こえた。
入り口から姿をあらわす。
最初、二人はそれが誰だかわからなかった。
迷彩服。肩に対戦車ロケット砲。右手にサブマシンガン。細かいところを見れば、手榴弾も投擲とうてきナイフもあった。
「目標を確認。作戦行動を開始、以降の行動においてターゲットの消滅を最優先事項とする」
それは、ある種の死刑宣告と言えるだろうか。
由香子は走った。楓は跳んだ。
綾菜がロケットランチャーを構える。
茂雄が悲鳴をあげる
「うわあああああああああ」
巨大な筒が火を噴いた。

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