第二章  敵は湯煙、バスタオル


「おはようございます」
翌日、博人は早起きした。昨日の騒ぎの後はそそくさと部屋に戻って寝てしまったからだ。
挨拶は、綾菜に向かってだった。この人もさすがに朝が早い。
「おはようございます、博人君。まだ朝ご飯まで時間もありますし、なんか飲み物でもいれましょうか? ココアぐらいならすぐできますけど」
「えっと、じゃあお願いします」
そこまで欲しかったわけじゃないが、遠慮する気にはあまりならなかった。
そういうふうに思わせる人柄なのだろう、綾菜さんは。
そう納得して、ふと窓の外を見てみる。
雪が降っていた。あまり多く降ってはいないが、それでもこの寒さなら数センチは積雪するだろう。
そこに……今朝つけたと思われる新しい足跡を発見した。
「綾菜さん、もう誰か外に出たんですか?」
「えっと、宗也君が早朝トレーニングだと言って出て行きましたよ」
この朝早くに寒い中一体外で何をしているのやら……。
とりあえず、人間外な規格の人だからと、自分を納得させる。
テレビをつけて、ニュースを見ていると窓の外から足音が聞こえてきた。
雪のせいで音が大きく、すぐわかる。
「ただいま……」
宗也だった。霜焼けか、顔が赤くなっている。
「外はどうでした?」
なんとなく聞いてみる。
「明日からはやめておいたほうがよさそうだ……」
「はぁ」
「足元はすべるし、雪で視界が悪いし、小川があって油断できないし、なにより異常に寒いし……」
ふと、思い立ったように
「そういえば、室外温度計ありましたよね、綾菜さん?」
「入り口の近くの柱にかけてありますよ。内側です」
奥から声が聞こえてきた。続いて
「宗也君もココアいります?」
「いただきます。気温は……」
そこで動きが止まった。
「何℃?」
「……マイナス7℃」
「うわっ」
綾菜がココアを持ってきた。
「今日は寒いですね」
綾菜がそう言ったので、少しほっとした感で聞いてみる。
「いつもより、ですか?」
「いつもこんな感じです。昨日は暖かかったんですよ。皆さん、運がいいですね」
確かに運は良かったが、それでもあれで厳しかったぐらいだからそれ以上となると、外には絶対出たくない。
「これからまだまだ寒くなりますからね。色々と準備も必要なんですよ」
言って、思い出したように手を叩く。
「そうそう、まき割りをお願いできませんか? 朝食までの時間つぶしにはちょうどいいと思うんですけど」
「ま、薪割りですか?」
定番だが、まさか自分がやることになるとは思わなかった。
「はい。裏口のところに風除けがあります。そこに道具一式も置いてありますので二十本ぐらいお願いします」
「それぐらいでいいんですか?」
普通に考えれば、もっと必要な気がする。
「他に専用の暖房機関がありますから、そこの暖炉だけでいいんですよ」
言って、指差す。目の前に暖炉があった。確かに、考えてみれば他の場所には暖炉は無い。
「それじゃ、やってきます」
二人して、外に向かった。
刺すような冷たい風に、思わず身震いしながら作業を始めるのだった。

寝ぼけ眼の由香子、疾、次郎。
一応、普通に起きているように見える楓、茂雄を加えて朝食になった。
「あれはどうします? 今日行きますか?」
「いや、明日晴れそうだから明日行こう。月もそろそろ満月だし、ちょうどいいだろ」
食事中、綾菜と茂雄がそんな話をしていたが、博人は食事に目と鼻と口がいっててそれどころではなかった。
昨日もそうだったが、今朝も次郎が
美味うまい!」
を連発しているが、博人も同意だった。文句なしに美味い。
そんなわけで朝食を堪能した後、博人は部屋に戻った。

部屋に戻ったものの、なにをするか決めかねる。
特に目的が合ってきたわけでもないし、まだ他の人たちとは慣れていない。
ノリが合わないような気もする。
僕は静かに居たいのに、と急に思い出したように思考がよみがえる。
面白いことには面白いのだが、疲れるのだ。
第一、うるさくていいならわざわざこんなところまで来たりはしない。
寝転がってのんびりと考えることにした。

「博人〜っ!」
ドアの外から、声。
「お〜い、博人っ」
馴れ馴れしいその声に聞き覚えがあるが、まだまどろみを彷徨さまよう知覚にはそれがわからなかった。
「開けろっ!博人っ!」
ガチャガチャガチャ
「うるさいなぁ……もう……」
のっそり立ち上がり、ドアを開けると……
目の前に足があった。
瞬きするかしないかの間に顔面にぶつかっていた。
そのまま、吹っ飛び反対側の壁にぶつかる。
しゃれにならないぐらい痛かった
「あ、悪い……」
そう言ったのは次郎だった。
「でも、でてこないお前が悪いんだ! いいからさっさと起きろっ!」
かろうじて起き上がると、強い力で引っ張られた。
「さ、行くぞ!」
いつになく強引な次郎に引っ張られ、なすすべも無く連れて行かれた。

「あ、来た来た〜! 博人君、次郎さん、早くぅ〜!」
由香子が呼んでいる。その手に握られているものを見て、ようやく自分が呼ばれた理由がわかった。
卓球。しかも、ホワイトボードになにやら表が書いてあった。
「そろったな? じゃ、ルールを説明するぞ」
茂雄が真ん中に立って説明を始める。
「まぁ、見てのとおり卓球だ。総当りリーグ戦で、勝敗じゃなくて入れたポイントで競うことにする。んで、ケツのやつは……風呂掃除だ!」
「一人じゃ厳しいから、ビリから二人でいいんじゃない?」
「まぁ、そうか。んじゃそうするとして。一位のやつには……」
カチッと音がした。
続いて茂雄のポケットからドラムロールが……
「演出細かいなぁ……」
ダダダダダダ…ダンッ
「賞品として、このミニテレビがっ!」
「おお〜っ」
ちょっとばかし古いが、それでも普通に使えそうだった。
「というわけで、お前ら! 気合入れてバトれ!」
「おーーっ!」
さっきから由香子がのっている。この二人、なにやら気があうらしい。
「んじゃ、第一戦だ! 水瀬由香子 VS 青野博人!」
「は〜い! 博人君、覚悟は万全?」
「はぁ…よろしくお願いします」

いい勝負だ。
博人がうまく打ち、点を入れると、逆に今度は由香子がきわどい所に打ち返し、同点になってしまう。
「行けぇ!」「なんの!」
「今度こそ!」「やらせるか!」
だんだん勝負が白熱するにつれて、最初のほうは声を出さなかった博人も、ずいぶん気合を入れるかのような声をだすようになっていた。
「うをりゃっ!」
入る……勝った……そう思った瞬間。
ふわっ……ぽとっ……
「え?」
自分の陣地内だった。
一気に気勢を削がれた博人は、結局
「スマーーーーーッシュ!」
で撃沈された。

「油断したでしょ〜? だから負けるのよ。おーーほっほっほ」
「高笑いはやめなさい、高笑いは」
「第二戦 真田楓 VS 俺、阿部茂雄!」
「よろしく」
「ふっふっふ。素人がこの俺に勝てるか?」
勝負が始まった。

あれはいつの昔だったろうか……必ず勝てると啖呵たんかを切ったのは。
俺にはもう諸国をわたり歩いていたころの若さはねえよ……
負けた。圧倒的に負けた。
完敗というのすら言い及ばないほど無残な負け方だった。
「なぜだぁああああああああ」
「負けるときは負けるもんですよ」
とはいえ、全く勝負になってなかった。
茂雄が打った玉は、すべて数倍のベクトルを得て茂雄の側に返ってきた。
あまりに直線的で速いため、目が追いついてもまともに打ち返せない。
結局、一点も入れらずに終わってしまった。
「ひゃ〜〜、楓、遠慮しないねぇ」
「姉ちゃんが遠慮なんて言葉を知ってるわけ……」
にらまれて、その続きの言葉がでることはなかった。
「ぬぐぅ……気を取り直して、第三戦 山田次郎 VS 長谷川宗也!」

これも白熱した。
宗也のパワーショットに、次郎のきわどい玉。
「おらっ!」「でぇい!」
「もらった!」「させるかぁ!」
「食らえ!」「やらせはせん!」
結果、ちょっと差をつけて次郎の勝ち。
「勝者のコメントをどうぞ」
由香子が手をマイクにして次郎にむける
「ふっ、このボキに負けはない。さぁ、君たちこのボキをたたえたまえ! って…ありゃ?」
誰も…由香子すらすでに次郎の方を向いてなかった。
「第四戦 阿部綾菜 VS 真田疾!」
「お手柔らかにお願いします」
「おっし!」

それは勝負と呼べる代物ではなかった。
先ほどの楓と茂雄の試合のほうがマシだった。
姉と何回もやったことがあるだけあって、それなりに卓球に自信を持っていた疾だったが……
「ま・け・た………」
脱力して膝をついてしまう。
点差は先ほどと同じ、完全に点が入らなかった状態。
それはまだ、いいとしても……
綾菜の玉は異常だった。
狙ったところにピンポイントで入り、その速度は楓と比べても遜色そんしょくない。
いや、狙いがあまりにも正確すぎるために楓よりはるかに強い。
そしてなにより……
「綾菜さんが打つたびに殺されるかと思った……」
綾菜は心臓の位置を見つめながら正確に『射撃』した。
殺気もあふれんばかりにでているし、動けば心臓を射貫かれるような玉の打ち方だった。
「あら、すいません……私としたことが、本気になってしまって……」
本気か。あれは本気だったのか。
……本気で殺す気だったのか?
「……俺、風呂掃除やります」
「ええっ! あの面倒臭がりの疾が!?」
「なんかもう……不戦勝でもいいや……」
暗く笑う。口元はなんとか笑えているのだが、眼は見開かれたままだったりして怖い。
「恐るべし……綾菜さん……」

というわけで、結局茂雄と疾が風呂掃除に決まった。
綾菜は一回戦った後は「用事がありますので」と出場を辞退し、その後はずっと楓が勝ち続けて優勝した。
綾菜が退場したとき、かなり重いため息が場を支配した。
……やむをえないだろう。
「俺……卓球で殺されかけるとは思わなかった……」
「あんた、仮にもうちの流派の後継者でしょ?」
「あの目は絶対人殺したことあるぞ……しかもごく簡単に殺し……」
「まぁまぁ、その話はいいから! 疾君、茂雄さん、お風呂掃除頑張ってね〜」
「ま、俺は通常業務なんだけどな」
がはははは、と笑う。
この笑い方が似合うから親父臭いのだが、この人の場合は誰もが親父臭くていいと言う。
親父臭くない茂雄は想像できないと口をそろえて言うのだ。
「んじゃ、疾。湯抜くのを十一時にするから、そしたら手伝えよ。サボったら承知しねえからな」
「サボりてえけど……これでも世話になっている身か…」
ため息をつく。とりあえず、先ほどの恐怖からは抜け出せたらしい。
「そだそだ! トランプやらない? んで、負け残った人が今日の夕飯の食器片付け!」
「由香、あんた本当にそういうの好きねぇ……」
皆の苦笑を誘いつつも、またトランプは開始されるのであった。

今度は楓が負けた。
ババ抜き、三回。大貧民、五回。ダウト、一回。ポーカー、六回の結果だ。
通算十一回負けのだんとつビリで、
「詐欺よ! これは絶対詐欺よ!」
などと、珍しくわめくぐらいに負けた。
「あんたって、実力ものは強いのに、運は弱いのねぇ」
と、由香子。
「んじゃ、次は〜」
「おいおい……休憩しようぜ……もう、時間も時間だし」
気が付いたら、外が赤みを帯びていた。一日中、ゲームをやってたことになる。
この場から立ったのは、昼を食べるときぐらいなもので。
宗也がぼやくのも無理もない。しかも由香子が始終ハイテンションを維持しているため、ついていく側が疲れてしょうがない。
「んじゃ、ちょっと早いけどお風呂に行きますかっ」
未だにハイテンションキープの由香子が立った。
「先輩たちも、一風呂浴びてきたらどうですか? どうせ今夜は寝かせませんから♪」
「て、徹夜で?」
さすがの次郎もたじろぐ。
セリフだけだと意味を取り違えれるが、由香子の眼は十分すぎるほどに内容を語っていた。
「そ。でも未成年はダ・メ・よ」
「なにを企んでるんだか」
「疾君、混ぜて欲しいの?」
「疲れそうだからいい。徹夜で由香子に付き合ってたら口から魂抜けそうだしな」
そう言って、部屋を出て行く。
「……口から魂が?」
「博人君も、加わりたいなら加わってもいいわよ。でも、覚悟はしてね〜」
なんの覚悟だというのだろうか。
いろいろと怖い想像も浮かんだが、すぐに頭の隅に追いやった。
「あ、次郎さんと長谷川先輩は逃がしませんからね。楓もよ」
「どうせいつものアレでしょ?」
「やっぱりアレなのか……」
宗也が深くため息をつく。
「おい、なんだ? アレって?」
「すぐにわかるさ……。んじゃ、風呂に入るか」
「私たちも行こっ、楓」
「うん」

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