簡単なことだ。
ボタンを押せば全てが終わる。
難しいことなど無い。ただ、かるくボタンを押すだけなんだ。
僕が嫌だったものは、すべて壊れるんだ。
指が震えた。
「壊すんだろ?」
そいつは僕に聞いた。
僕は首を縦に振った。
「なら、さっさとしろよ。やることは全部やったからな」
そう。全部準備はできている。
このボタンを押して、それで全てだ。
僕は、ゆっくりと親指に力をこめた……



話は一ヶ月前にさかのぼる。
そいつ……祐司が引っ越してきた頃に。


「修一、またかよ」
「うん……ごめん」
殴られた。口の中に血の味が充満する。
「ごめんじゃねえよ。金がねぇなら盗んでこいよ」
「……」
「返事は?」
「わかった……」
「じゃ、さっさと行って来い。今度はただじゃおかねえぞ」
いつもこうだ。僕は昔から、こうだった。
誰かにいじめられて、こき使われて。
それだけじゃなかった。
「あ、修一。タケ見かけなかった?」
 定番の屋上の階段から降りてきたところで、クラスの女子につかまった。
「上にいるよ」
「ふぅん。いまから外行くんでしょ?ジュースかってきてよ。レモン系ね」
「わかった」
「早く」
「うん」
聞き分けがいいといわれる。
歯向かう気力が無いだけだ。いいんだ、こうやってきたんだから今さら。
でもさすがに盗みはしたくなかった。
しょうがないから、いつもバイト代をつぎこんでいる。

週に一回、少し離れた酒屋でバイトしている。
一人暮らしのおじさんがやっていて、昔から顔見知りだった。
僕がまだ中学生なのは知っているはずだけど、雇ってくれた。
その時が一番、楽しい。
それ以外は最悪だ。
いつも僕はパシリ。
暇があれば、あちこちに連れまわされたり、悪さをしたときに僕を囮にして逃げる。
僕は必ず捕まる。僕は口で色々と言うけれど、相手が信じてくれる確率はそれほど高くない。
そして、親が呼び出されたりする。
母さんは、ひたすら謝り通して、被害があった場合は弁償する。
そして、家に帰って僕の前で泣く。
父親も家ではいつも酒を飲んでいる。仕事が大変なんだ、と言っていつも。
機嫌が悪い時はみんな殴られる。
母さんも、僕も、妹も。
みんなでなだめる。父親が寝るまでが、僕らの一日だった。

ジュースと紙袋を抱えて、僕は学校に戻ってきた。
昼休みに抜け出すのがバレると叱られるから、自然と抜け道も覚えた。
一度、学校の裏側にまわり、そこからフェンスとフェンスの間をぐるっと回って最後に軽い段差を越えれば学校に入れた。
この抜け道を知っている人は少ない。
見えづらいし、汚い。
さらに距離まで遠いのだから、わざわざ通るのは部活をサボって逃げている人ぐらいだろう。
上履きに履き替えると、まず廊下でたむろっているさっきの女子にジュースをわたした。
「あ、修。私たちのも買ってきてよ」
「今から行ったら昼休み終わっちゃうよ」
「え〜」
「今度ね」
「買ってきてよ。次の時間国語だし。誰も聞いてないってのに、あのハゲいっつもうぜえんだよ」
「僕は聞いてるよ」
「いいねぇ、優等生クン。だったら今日は聞かなくてもいいでしょ。買ってきてよ」
「え……」
「買ってこいよ」
「うん……わかった」
「じゃ、お願いね。お金はツケで」
ようするに、おごれと言っているのだ。
断れば、また陰湿ないたずらをされるのは目に見えていた。
「……わかったよ。なににする?」
「えっとね……」
「おい、修一! なにやってんだ、遅えぞ!」
「ごめん、買ってきたよ」
「よし。久本と話している暇があったらさっさとわたせってんだ」
「ごめ〜ん、タケ」
「いいよ」
「さて、修一。じゃ、お願いね」
「…うん」
僕はもう一度階段を降りていった。

戻ってきたら、やっぱり授業は始まっていて。
国語の先生にすごく怒られた。
飲み物は隠してあったからばれなかったけど。
「修、ごくろうさま」
一応、ねぎらいの言葉かけてくれるだけでもマシだった。

毎日がこれだった。
バイトだけが救いだった。あいつらがバイト先に現れたことは無い。
学校から離れている場所だし、あいつらの家からはもっと遠い。
クラスのほとんどが敵だった。
家に僕の居場所なんか無かった。
だから、バイト先が一番楽しい。
レジを叩いたり、品物を並べたり結構忙しいけど。
でも、そういうのがちゃんとバイトをしているんだって感じで、いい気持ちがした。


次の日の朝、学校に登校したら机の上に一枚の紙が置いてあった。
読むと、掃除の当番が書いてあって、自分以外のところに斜線が引かれていた。
一人で掃除しておいてくれと、そういうことなんだろう。
タケとかは直接言うから、多分いつも話し掛けてこないやつだな。
そう思いつつ、椅子に座った。
朝の会が始まる。
「転校生がうちのクラスに来ることになった。明日からだ」
別に興味はわかなかった。
その日も同じようにこきつかわれて、一日が過ぎた。

次の日。
「倉本祐司です。よろしくお願いします」
目つきの鋭いやつだった。
そして、僕の隣の席になった。
「よろしく」
 話し掛けられたので、こっちも返した
「うん、よろしく……」
言った直後相手ににらまれた気がした。
僕は視線をそらした。
そのまま正面を向く。
祐司もあきらめたのか、他の人のほうを向いた。

昼休み。
タケと祐司が話していた。
「おまえ目つき格好いいな」
「そうかい?」
「そうだよ。あ、こいつな」
タケが僕のほうを指差した。
「人の役に立つのが好きらしいぜ。こきつかってやってくれ」
「ああ」
祐司はなんともないようにうなずいた。
祐司が立ち去って、タケは小さく変なやつだな、と漏らした。
それは僕も同感だった。
なにかを言われる前に、僕はこっそりタケから離れた。

「いじめられてんのか?」
一人で廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
祐司だった。
「ううん。別に」
「あっそ」
「僕は抵抗する気ないから」
いじめられているっていうのは、きっと嫌で抵抗することだと思う。
しょうがないことだと思って、受け入れている僕は違うだろう。
すごくつまらないことではあるけど、しょうがないんだ。
昔から、そうだったから。
「抵抗しようとは思わないわけか」
「抵抗したって変わらないよ」
「変わるなら、抵抗するのか?」
「………」
考えたことも無かった。
「変わるわけ、ないよ」
僕は言った。
変わるわけが……ないんだ。
僕はこうやって生きてきた。きっとこれからもこうやって生きていく。
「変えようとは、思わないんだな?」
「……」
「俺が変えてやるよ。お前みたいなの見てるといらつくんだ」
こういうの、偽善主義者とでも言えばいいんだろうか?
僕はかまわないって言ってるのに、こうやって正義を振り回すんだ。
「いいよ。嫌じゃないから」
「お前が嫌じゃなくても、俺はいらつくんだ。あいつらより、お前の態度がな」
やっぱり変なやつだ。
僕は単に仕事としてやっているようなもんだってのに。
それだったら、クラスにいじめられている子がいる。
僕みたいに受け入れているわけじゃなくて、いじめられてるんだ。
そういう子を助けてやればいい。
「僕なんかにかまわなくてもいいから、助けを求めている子のヒーローになってあげなよ」
「うるせえ」
軽く頬を殴られた。
「言っただろ、おまえを見ているといらつくんだ。変えてやるよ、俺が」
それが、始まりだった。

何日かすると、祐司はタケのグループに入っていた。タケはうちのクラスのボス猿だから、僕をこき使う代表でもある。自然と僕と祐司は顔を合わせる事になる。
タケ同様、祐司は僕をこき使った。それはタケが見てようが見ていまいが関係なく、パシリや面倒ごとの身代わりにされた。
祐司は相変わらず変なやつだった。
「修一、タバコきれた」
「わかったよ」
「いつも通り一本だけだぞ」
箱で持っておけばいいのに、なぜかいつも一本だけにこだわる祐司。それに火もつけず1本につき3日ぐらい、その時の気分でくわえてたりする。
本当に変なやつだ。転校2週間もしないうちにクラス2位と言える地位を固めていった。
変えてやるよ、俺が。
祐司は僕をパシリ続けたし、周りが僕をこき使うのを下卑た笑いで見ている。
やっぱ変なやつだ。
だからきっと口先だけの気まぐれの言葉だったんだろう。


土曜日、僕は一旦家に帰って着替え、昼ごはんを済ませるといつも通り自転車にまたがって遠くの酒屋まで走っていった。
「いつも時間通りで感心するぜ、修」
バイト先の店長であるハタさんが言う。
ハタさんはよくこういう言葉を口にする。
よっぽど僕ほど生真面目なやつは今時いないらしい。なんだっけ……奇異?
土曜のハタさんは半分休日だ。普段一人でやっている店を僕が手伝うため、やる仕事はほとんどなくなる。そうすると2階の部屋に行って趣味のプラモを始めるのだ。
「修、ガス缶切れたからちょい買ってくるわ。店番頼むぞ。あ、ボトル一本飲んでいいぞ」
「はい、ありがとうございます。いってらっしゃい」
なにやら嬉しそうにうんうんとうなずきながらハタさんは出て行った。
お客さんがこない合間を見計らって、ペットボトルのコーナーに行く。と、運悪く入口が開く音がした。
「いらっしゃいませ」
僕が言うと、入ってきた客はいきなり笑い出した。
ペットボトルのコーナーからはちょうど死角で、相手が見えない。
なにがおかしいんだろう、と思いつつカウンターに向かう。
「やっぱりここか、修一」
名前を呼ばれた瞬間、背筋がぞくっとした。
汗が出る。これを冷や汗というんだろうか。
そう、僕の名前を呼ぶやつは、ここでバイトしてることなんて知らないはずだ。
なのに呼ばれた。僕の名前を呼ぶやつがここに来た。
足が止まる。店の入口から足音が近づいてくる。
いっそ走って逃げてしまいたかった。いや、ハタさんが居たら実際無理を言ってでも奥で隠れていただろう。でもそのハタさんはおらず、店にも家にも僕しかいない。
「ビンゴだ、修一」
祐司だった。
目の前が真っ白になった。
バレた。バレた。バレた。バイトしてるのがバレた。
僕の安息の場所が、唯一の楽しい居場所が。
入りこまれた。侵された。
「おい、バカ修一」
頬に衝撃。目の前が真っ白で脚にも力の入ってなかった僕は簡単に倒れこんだ。
「青白い顔しやがって。店番がそんなんじゃ客も迷惑だぜ」
そうかも。自分でもバカバカしくそう思った。
そういえば、祐司が僕を殴った記憶は全然無い。
祐司が殴ったのはこれで二回目だった。
頭の認識がまだついてきていない。体は一応立ち上がろうとするものの、足腰に全く力が入らなかった。
「だらしねぇな。だらしないのは学校だけだと思ったが、期待はずれか」
そして僕の襟首を?んで持ち上げる。息苦しい。だけどこういったのもタケにしょっちゅうやられてるから慣れたものだった。
「おら、ちゃんと立て修一」
「……」
ようやく頭で認識したとおりに体が動くようになってきたのか、僕は自分の足で何とか立った。少しカウンターによりかかっていないと、脚に力が入ってないのでまた倒れそうではあった。
「何考えてるのか、大体わかるけどな。多分お前が心配してるようなことはしない」
祐司の言葉は力が篭っていた。
よくわからないが、僕は動いていた。また体が頭の言うことを聞かない。
「何が……何がだよッ!」
体だけじゃなくて口まで勝手に動いていた。
「ふざけんなよっ! 何でお前がここに来るんだよっ!」
目までおかしくなっていた。液体が頬を伝う。
右手が拳を作り、どんっと思いっきりカウンターに振り下ろされた。レジが反動で一瞬浮き、どすんと揺れた。
その上から僕が僕を見ている。
こんな行動を取るのは自分ではない。自分の形をしている誰かだ。
自分の形をした誰かは本気で泣いて騒いでいた。僕はこんなに泣いた記憶はないから、こんなに涙で頬も手も服も濡れるものなんだ、って思っていた。
そんな自分を見つめている自分。僕が僕の中に二人。
「わかった、わかった修一」
ぽんぽんと肩を叩く手。それは自分の手でも、自分の形をした自分の手でもなく、他の誰かの手だった。
祐司の手だった。
「お前がよくわかったよ、修一。いいじゃねえか、お前はまだ死んでねぇよ」
涙は止まらない。それが自分の流している涙だとわかり始めてきたのは、喉が痛くなってきたからだ。
そういえば思いっきり泣き叫べば喉が痛くなるんだった。そんなことは忘れていた。
「密かに調べ続けた甲斐があった。最初は本当にアリンコみたいな奴かと疑っちまったぜ」
脈絡も無く祐司の手が股間を掴む。
驚いて一歩下がって、支えを失い倒れた。
「モノもついてるし、立派な男だろ。気合も根性もあるし、度胸もプライドもお前にはあるんだ、修一。じゃなきゃお前は男のフリした女だ。そのイチモツもただの飾りだ」
酷い言われようだった。いつもの僕ならそれでも気にもせず……気にする素振りも見せずに流すだろう。
だけど今の僕らしき僕は、そうでなかった。
「どういう意味だよ」
「見ててむかつくんだよ、お前の普段の態度。いいから変えろよ。できるだろ」
またそれか。
僕になにかをやらせるのは構わない。文句言うのも構わない。バカにするのも、汚い悪口言われるのも構わない。
だけど、嫌な上にどう考えても無理なことを僕にやらせようとしているのだ、祐司は。
「わけがわかんない。帰ってよ、そんなこと言いに来たの?」
「本物の根性なしか試しに来たんだよ。ま、遠いところ来た甲斐はあったな」
祐司は楽しそうだった。本気で楽しそうだった。学校でいつも見せているちょっとクールで不機嫌そうな態度とは全然違った。
こういうのを生き生きしている、というのだろう。
「やり方は教えてやる。手伝ってやるよ。というか手伝わないとやらないに決まってるからな。それにこんな面白そうなこと黙ってみてるほうが無理だ」
「何を勝手なことを。僕は僕で納得してやってるんだ。ほっといてくれって言ったじゃないか」
心のどこかで、今自分が言ってることすら異常だと気づいていた。わざわざ言い返すようなことがそもそも今までなかったのではないか?
そんな僕の心を見透かしているかのように、祐司は笑った。
「今日は精一杯仕事頑張っとけ。明後日学校で会おう」
唐突に、今度は別れの言葉を告げる。
ペットボトルを一本、棚から抜き取って祐司は出て行った。
カウンターの上には二本分、二百五十二円が置いてあった。

よくわからない興奮、と言えばいいのか。日曜の夜はなかなか寝れなかった。
学校につくと、祐司は先に来ていて机の上にフィルムケースに詰めた何かをいくつも並べて、細かい作業を行っていた。
「あいつ、日直より先に来てたらしいぜ」
聞きもしないのにタケが教えてくれた。どうやら他のクラスメイトが入った時にはすでにこの状態だったらしい。
どうも理科の実験でもやっているような感じだった。集中を乱されたくないらしく、誰かが話しかけると邪魔そうに手で追い払うという。
「やっぱあいつ変人だよなぁ」
「うん」
「あ、今日ジャンプじゃんか。修、買ってきたか?」
「え、あ」
拳骨が思いっきり入る。つんのめる。
「買って来い」
「今から……だよね」
確認するまでもない。祐司を横目で見つつ、朝の会が始まる前の教室を僕は抜け出した。

いまさら祐司が変でも誰も驚かなくなっている。
よって、今日はやたらとフィルムケースの中身に執着していた祐司が放課後はやたら機嫌が良くても「変なやつ」の一言で片付けられる。
「タケ、修一借りるぜ」
まるで僕がタケの持ち物みたいだが、
「おう、いいぜ」
とジャンプを読んでいるタケはごく自然に応じた。
事実、ほとんどタケの所有物扱いされているからなんでもない。
「修一、ついてこい」
教室を出て行く祐司に僕は慌ててついていった。

学校を出て、たどり着いたのは人気の無い小さな公園だった。
「さて、理科の実験の時間だ」
本当に理科の実験の準備をしてたのか。
なんともいえない微妙な気持ちを抱えながら、祐司の行動を見つめる。
「そこに30センチぐらいの穴掘れ。このフィルムケースが入れば十分だ」
いきなり指示を出される。幸い、子供用のスコップが置いていかれたままで残っていた。それを使い、言われたとおりの大きさの穴を掘る。
「下手に手だされると邪魔だ。ちっと離れてろ」
祐司はフィルムケースから伸びていた糸に紐を結びつけ、フィルムケースを穴の中に埋めた。
埋めた場所を念入りに踏みつけて固め、慎重に紐の片端をもってこちらにやってくる。
「さて、実験タイムだ。成功したら逃げるから準備しとけ」
成功したら逃げる。わけがわからない。
が、嫌な予感はした。
「あと、一応耳は塞いだほうがいいか」
その言葉に従う。嫌な予感ほどよくあたる。ついでに姿勢も低くしたほうがいいかもしれない。そう思った。
「3、2、1、……発破!」
祐司はもっている紐を思いっきり引っ張りその場にしゃがんだ。

やってきたのは今まで実際に体験したことの無い衝撃だった。
轟音、ドゴゴゴゴ、ゴオオオン、言葉で表現できない。小さな地響き。土が大量に飛び散り、体のあちこちにあたる。目をつむり縮こまっていたのは正解だった。
そして祐司が一目散に走って行くのを視界の隅に捉え、慌ててその後を追う。
フィルムケースが埋められていた場所には直径2mのクレーターができあがっていた。

「さて、実験が成功したところで本題に入ろうか」
僕が息を切らして追いかけてきたのに、祐司はけろっとしたものだった。そういえば体育でも割と活躍してたっけ。
「世の中ってな、つまんねぇんだよ」
また唐突にわけのわからないことを言う祐司。
「つまらねぇから、俺はいっつも面白そうなこと探してんだ」
「それってさっきみたいな実験?」
僕がそういうと、祐司はつまらなそうな顔で見てきた。
どうやら僕が言った言葉が随分期待はずれだったようだ。
「あんなん面白いのは最初だけだ。昔は楽しかった時期もあったけどな」
そしていっつもああやって逃げてたのだろう。だから運動神経もいいんだ。
そもそもあんな小さな爆弾作る知識なんてどこで知ってくるのか。
考えてみれば、祐司はいろんなものを持っていた。知識とそれを活かす頭。ちょっと走ったぐらいじゃ息の乱れない運動神経。変なやつだけど自信に満ちた態度。
それは誰にでもあるようで、その実ちゃんと持ってる人はそう多くない。
「つまらん世の中は許せねぇ。つまらん奴は俺の前に出てくるな」
恐ろしく勝手な言い分だ。
なんとなく言いたいことはわかってきた。ようするに僕をダシに楽しみたいのだろう。
今までに無い遠まわしな嫌がらせだ。
「それで、僕はどうすればいいの?」
拳が飛んできた。避けれないこともなかったが、避けるとこじれることが多いことを僕は知っている。おとなしく殴られて吹っ飛ぶ。
「お前は今、どうしたい」
相変わらずわけのわからないやつだった。
「家帰って宿題しないと」
「そして母親に泣きつかれて父親に殴られるのか」
消えた。周囲の何もかもが見えない。
どうして祐司は、なぜ祐司は。
こんなにもいらつくことを、誰にも話して無いって言うのに。
無茶苦茶にしたくなるほど、どうしようとも思っていないって言うのに。
僕は。
どうしてこいつは、僕を。
立ち上がっていた。体は言うことを聞かないが、僕はそれでよかった。それは僕にはできないことだ。体が勝手にやってることなんだ。やってくれ。
叫んだ。意味不明な言葉を何か叫んだ。
拳を握る。走る。突き出す。
気がつくと祐司が倒れていた。
体が僕の言うことを聞くようになった。ひざに力が入らず、かくんと折れた。
なんだ。何が起きた。
殴った。僕が人を殴った。殴られる僕が殴った。人の秘密を勝手に調べ上げて、侮辱してくる祐司を。祐司を殴った。
きっと、それは呆然という状態なんだと思う。
不意に。音が聞こえた。単調な音。
笑っていた。祐司が本当におかしそうに笑っていた。殴られて笑っていた。
祐司は笑い続けた。僕は呆然と、それが遠い場所のように感じながら、見つめていた。
「へへへへっ……。俺の見立ては間違ってなかったな。気合入れて調べたかいがあった。こんなに面白いのも久しぶりだぜ」
祐司が立ち上がる。胸倉を掴まれた。僕がそれを認識したのと同時に、腹に重い衝撃。次の瞬間には脚が宙を浮いて、さらに次の瞬間には空が見えた。
強烈な衝撃。息ができない。自分が地面に叩きつけられたと、一瞬後に気づく。そしてわき腹につま先がめり込む。
ごほっ
息が詰まり、泡状の唾が飛び散る。今度は空から拳が降ってきた。顔にぶつかったのか、むしろ地面にぶつかった後頭部が痛かった。
「立て」
ふざけるな。
体に力が入らない。かろうじて身を起こす。祐司はもう笑ってなかった。
「言え、今のお前はなにがしたい」
息がまともにできない。喉に空気をうまく送ってないのだから言葉もでない。わき腹を押さえ、ただ祐司を睨む。
殴られても僕は怒らない。殴られるのはいつものことだ。
悪口を言われても、陰湿ないたずらをされても、僕にとってはどうでもいいことだ。
なのに。
そんなことどうでもよく。
「うわあああああああああああああ」
叫ぶ。体が言うことを聞く。今度こそ、僕は僕の意思で祐司を殴っていた。

僕が1回殴るうちに5回は殴られていた。それでも僕は殴り続けた。へろへろになった僕のパンチを祐司は避けることも受け止めることもなかった。好きなように殴られて、それから僕をボコす。そしてまた僕が殴る。ボコす。
そんなことを続けていたら気がついたら日が傾いていた。
僕は地面に倒れていて。
そしてなぜか隣には祐司も倒れていて。
口の中はじゃりの混じった血の味ばっかして、体中痛い。
「修一」
祐司が言った。僕は振り向かず、夕陽を見ていた。
「どうだ」
相変わらずわけのわからないやつだ。
僕は手元にあったじゃりをほんのわずかに掴むと、それを横の祐司に投げた。
祐司は笑った。それは少年漫画にあるような爽やかな笑いなんかじゃない。ククククと悪者そのものの笑いをあげていた。
殴ったのは友情を確かめ合うためじゃない。
当たり前だ。殴り合ってできる友情など僕と祐司の間には無い。
これは悪魔との契約だ。祐司は魔界のエージェントで、僕にその契約を強制した。僕はそれを受け入れ、殴ってしまったのだ。
馬鹿な妄想だとは思わなかった。それほどまでに祐司は心のうちに溜め込んだ邪悪な笑いを吐き出していた。
「そうだ、お前は逆らう方法を知らなかっただけだ」
聞くな。悪魔の言葉に耳を傾けるな。
だが祐司の言葉は僕の頭の中に染み込んで来る。僕は手を耳に当てることすらできない。
「お前は何をして生きてきた。冬になると巣を追い出される働き蜂か? 危険の前に切られるトカゲのしっぽか? 動物の糞を食って生きるフンコロガシか?」
まただ。僕は祐司にむかつく。今までにない、激しい感情。
祐司はむかつく。表面的な軽い悪口ではない。陰湿で、ただ恥ずかしいいたずらではない。こいつはそんなものよりもっと鋭く人の心を突く。相手の弱点をよく知った上でそこを巧みについてくるのだ。これほどたちの悪いやつは今までいなかった。
「人がいじめられているのは見てて面白い。そいつの目に負の感情が溜まっているのを見ていると俺は楽しい予感を感じる。追い詰められた奴はいろんなことをしでかしてくれるからな。キレて刃物を振り回す、もっと弱い奴に当たる、クスリに走って暴走する。俺はそれを近くで見ている。いつもそういう立場だ」
いつのまにか祐司は座っていた。僕は体に力が入らないから寝転んだままだ。
「強いものが弱いものをいたぶるのは社会の構図だ。だがその弱いものは内にさらに強いものを秘める。それが面白い。暇つぶしにはもってこいだ。だけどな」
とっさに目をつむる。じゃりが飛んできたのだ。
「お前だ。お前はその立場が当たり前だと思っている。弱者は弱者の生き方があり、それが当たり前で疑問に思っていない。瞳には空虚と諦念を宿し、ただ命じられたことを忠実にこなす昆虫のような人間。いざというときは身代わりにされて、さも当然のように自分が被害を被る」
祐司の言い回しは難しい。いちいち理解しづらい。
第一、 僕がなにであろうと祐司には関係ない。
僕は僕だ。それが僕なんだから、どうもこうもない。
「本当につまらない奴だと思った。同時にこれ以上楽しいことはないとも感じた。お前がキレたとき、殴りかかってきた時。今までに無く面白かった。ああ、楽しい。最高に楽しいぞ!」
祐司が笑い出した。狂ったような笑い方だった。
ヒヒヒヒヒヒ、ヒャハハハハハッハハハッハハ
ぴたりと笑いが止まる。
「俺がタケにバイトの話をする。家族の話をする。どうだ」
痛みなんか吹っ飛んで。
僕は立ち上がり、祐司を殴ろうとして、
「遅ぇよ」
吹っ飛ばされた。初めてみた本物のクロスカウンターだった。
僕は地面を転がり、なおも祐司に殴りかかろうと体勢を立て直す。
「しねぇよ、アホ。俺は人をいたぶるのが趣味じゃない。第三者としてお前が何かをしでかすのが見たい。本当ならこんなこともしないが、それじゃせっかくの楽しみも期待できなかったからな」
聞き流して殴りかかる。脚をひっかけられて、僕は無様に転がった。
「いいから話を聞け。弱みを握っているのは俺だ。お前に殴る権利も、勝手に話す権利もない」
足が止まる。無理やり止めさせられた。
言葉の圧力、というものを感じた気がした。
「俺はお前が何か行動に出るのを望んでいる。それ以外の答えは聞きたくない。どうしたい? 俺の前からもタケの前からも逃げて登校拒否にでもなってみるか?」
試されている。何を。
それは男としての度胸。人間としての尊厳。
僕が何者なのか。何者であるのか。
祐司には関係ないし、大きなお世話だ。
僕はどうにもこうにもしようと思ってなかったのに。
思ってなかったはずなのに。
腹の奥にたぎる熱いもの。
僕はどのように生きてきたか。そんなものは決まっている。僕は殴られ蹴られ侮辱され軽蔑され汚いもので身代わりで役立たずでパシリで叩くとお金が増えるポケットで。
そんなこと、今さら。
今さらどうしろというのだ。世間では恨みを受けると復讐するらしい。
復讐?
「復讐……?」
考えると口から言葉が出てきた。悪魔のささやきに屈した僕に、もはや元の殻に戻ることなんて無理だった。
心はそれを感じられないほど麻痺していても、溜め込んでいた感情が。
タケが。佐藤が。久本が。
いくらでも名前はあがった。覚えている。なにもかも。
僕は覚えている。つばをかけられた、靴をなめさせられた、床の牛乳を飲まされた。
目の前では悪魔が笑っている。邪悪な瞳は祐司の瞳ではなく、僕の瞳。
こうなることを祐司は望んでいた。
そして僕は、それを望むことを知らなかっただけで。
本当はこんな日が来ることを永く、永く待ち望んでいたのだ。
「殺す。一人残らず殺してやる」
自分の口から出たのが信じられない。でも祐司は口を開いてない。
しかし僕が言った。僕の姿の僕以外の誰かではなく、僕が言ったのだ。
殺す。一人残らず殺してやる。
「いいだろう」
悪魔はうなずいた。契約完了だった。
僕は祐司の力を使い、復讐を果たす。それを祐司も望んでいた。
殺す。僕はあいつらを殺す。そして最後には。
祐司を殺し、父親を殺し、僕が僕を殺す。
すとんと何かが腹の中で落ちた感覚。
なんだ、簡単なことじゃないか。そうすれば悩むことはない。
何も考えなくていい。簡単じゃないか。
「始めようじゃないか、俺たちの狂ったデス・ミッションを」
悪魔は心底嬉しそうにそう言った。


祐司の実験は、本当によく考えられたデモンストレーションだった。
僕の精神を昂ぶらせるのと、自分の実力と、手口を僕に示したのだ。
僕はそれにのることにした。
「爆破か」
「逆にいえばそれしかない。一人一人殺して逃げれるわけじゃないんだ、一度に始末する」
それに爆発なら余計なことを考える暇も無い。被害者は一気に死ぬ。
「お前も開き直ったな。関係ない奴も巻き添えか」
「ダメって言いたいの?」
祐司はまたつまらなそうな顔をした。つまらないことを言うなと、告げていた。
聞くまでも無い。面白ければいい。それで他人が被害を被ろうがこいつには関係ないんだ。だからいつも第三者として事件だけ炊きつけてきたのだろう。
翌日の放課後。タケのおつかいをこなしたあと、僕は密かに祐司とあって相談していた。
傷だらけの僕を迎える周囲の形はいろいろだった。母親はまたしても泣き、親父は余計に機嫌を損ね、妹に怯えられ。学校に来たら来たでクラスの女子に気味悪がれ、男子にはからかわれ、タケは「祐司か」と一瞥して、追い討ちで殴ってきた。
そう、味方なんていない。唯一はハタさんだけど、あの人に相談しようと思ったことは一度も無い。それは諦めていたからでもあり、ハタさんに迷惑をかけたくないからでもあった。
僕がこんなことをしたら。きっと本当の意味で悲しんでくれるのはハタさんだけだろう。妹は僕のことを軽蔑してるし、母親は自分のためだけに泣く。父親はせいぜい殴る相手がいなくなったと、つまらなそうに言うだけだろう。
そしてこの悪魔はきっと「よくやった」と言う。祐司を味方に換算しようとするなんて、いい加減僕はどうかしてると思う。
でも結局そうなのだ。祐司は敵ではない。味方でもない。
あえていうなら、そこにはある種の契約という信用関係だけがあった。
「来週までには爆薬は用意できる。要所を絞ってしかけるから今のうちに頭の中で組み立てておけ」
祐司が淡々と言う。僕はうなずいた。
迷いも悩みも無い。あるのは怒りと憎しみ。復讐。
「頼んだ」
悪魔は人を殺す準備をする。僕は準備ができるまで今までどおりの自分を振舞っていればいい。タケにこき使われ、クラスの女子にぱしられ、男子にどつかれる。
構わなかった。こいつらはもうじき死ぬのだから。

「いい目をするようになったな、修一」
口先でそう言いながらも、祐司はいまいちつまらなそうだった。
先ほどタケにも生意気だと言われて殴られた。タケはタケで今までと僕の様子が違ってきていることに気づき始めてるのかもしれない。
「あっさり覚醒しやがった。少しは悩んでくれたほうが見てて楽しいんだ」
そんなことは知ったことじゃない。悪魔の悪趣味に付き合うつもりはない。
僕は僕の復讐のために祐司を使っているだけだ。
そして祐司はそれに同意して自ら僕を手伝っているにすぎない。
それが僕と祐司との契約。悪魔の契約。
「勘違いするなよ、お前を覚醒させたのは俺だ」
だからそんなことは知らない。どうでもいい。感謝なんぞしない。
僕は心のなかでそう思い、口には出さずにつぶやいていた。
「設置するなら日曜だ。ばれないように隠し工作もする。その手順を教えるから、完璧に頭に叩き込め。いいな」
「ああ」
実行日が近づいている。この学校を爆破する。脅迫状などという無意味なものは送らない。僕はただやつらが殺せればそれでいい。
だから狙うのはやつらが予想もしてないとき。授業中だ。うちのクラスだけじゃない、僕をこきつかったやつは学校内にいくらでもいる。
殺す。一人残らず殺してやる。


日曜日が来た。例の抜け道で祐司と合流する。学校の鍵はしっかりくすねてある。爆弾を作ったのは祐司だから、僕の仕事といえばこんなもんだった。
休日でも昼間は部活やらで生徒が居る。当然、夜を狙った。今の時刻は夜十一時。季節が季節なら肝試しにちょうどいい不気味さが漂っていた。
懐中電灯は使わない。作業用のペンライト以外は闇夜でも目を慣らしてみるしかない。幸い、半月がでていた。満月ほど明るくもなく、ちょうどよかった。
うちの学校に宿直はいない。用務員さんも学校に住み込んでいるわけじゃない。入るのは楽勝だった。そして校舎にさえ入ってしまえば、余計な明かりを漏らさない限りばれることは無い。
「そう、そこだ。手順を間違えるなよ」
図面をみながら祐司が指示を出す。隠す場所、効果的な場所を計算してきたという。
爆弾を作ったことからもわかる。祐司は天才だ。運動神経も悪くない。
だが、それだからなのか。こいつは精神がいかれている。
「俺はあっちで作業してるから、そのまま続けろ。しくじるなよ」
基本的に廊下だと消火器裏、教室だと掃除道具入れの棚の裏やいくつかの机の奥深く。わかりづらいように、用意してきたシートをかぶせて注意していないと中にあるのがわからないようになっている。
祐司はタケの机用に特大のを用意してた。
「こいつはなかなかいいぜ」
タケはどうせ机の中なんて気にしないから問題ない。もちろんシートはかぶせるが、でかいため気にしたらすぐ気づくだろう。それでもタケの机なら大丈夫だ。
全て仕掛け終わるのに3時間以上かかった。
「これで全部?」
「ああ」
祐司は図面を畳んでるところだった。
「全部要所は抑えてある。スイッチを押せばいつでもドカン、だ」
念のいったことで、スイッチの電波が届きにくいことも想定して中継器まで用意していた。爆薬にしろ、どこで手に入れてくるのか、どれだけお金をかけているのか見当がつかない。
「それじゃ、明日だな。1時間目が始まってから今日の場所に集合だ」
「わかった」
そうだ。明日、全てにかたがつく。
僕を苦しめてきた全てが終わる。そしてきっと僕自身も終わる。
終わりの日は、すでに夜中の三時になろうとしていた。


そして指定された時刻に僕も、祐司も現れた。
悪魔はこのイベントが楽しくてしょうがないらしい。今日はやたらと機嫌がよかった。
僕のほうはと言うと……正直、どんな顔していいのかわからなかった。
終わる。全てに終わりを告げる日。
僕がボタンを押すそのときを待つ二百近くある爆弾。
全ては完了している。悪魔は楽しげに僕を見つめ、
「さ、始めてくれ」
と軽くボタンを押し付けてきた。
ボタンを取ろうとして、僕は自分の手が震えていることに気づいた。
何を今さら。後悔しているのか。恐怖しているのか。
そんなこと関係ない。後戻りもなにもない。
全てを終わらせるその時はくる。僕が、そのボタンを押せば。


そうだ。
簡単なことだ。
ボタンを押せば全てが終わる。
難しいことなど無い。ただ、かるくボタンを押すだけなんだ。
僕が嫌だったものは、すべて壊れるんだ。
指が震えた。
「壊すんだろ?」
悪魔は僕に聞いた。
僕は首を縦に振った。
「なら、さっさとしろよ。やることは全部やったからな」
そう。全部準備はできている。
このボタンを押して、それで全てだ。
僕は、ゆっくりと親指に力をこめた……






終わりの瞬間が始まった。
轟音。爆発。光。
期待していたものは確かに目の前で繰り広げられていた。






赤い光。青い光。緑の光。煙。
ひゅるるるるる という音。
ずがーんと耳をつんざく大音響。
逃げ惑う悲鳴。
叫ぶ生徒、教師。
阿鼻叫喚の大騒ぎ。
でもきっと。
死者は誰もでないんだなと、僕は思った。


「クハハハハハハハハハハハッッ」
笑っていた。祐司はいつかのように狂った笑いをあげていた。
空を仰ぎ、両手を広げ、言った。
「いいぞ、修一。いいぞその顔。なんという間抜け面! 必死に狙ったかいがあった! 俺の見込みは間違っていなかった!」
つまり。
悪魔は誰でも裏切るんだ。
力が抜ける。
学校の各所では祐司特性の花火が火を噴いていた。
急いで校舎から避難している一団が見えた。僕らは草陰に隠れた位置なので、こちらに近づいてこないとあっちからはわからないだろう。
誰もが騒いでる。それは悲しみや怒りより、驚きの興奮と、ミーハーな喜びに包まれていた。
あはは、あは。
いつしか。僕も変な声をあげていた。
あはははははは。
やがて、なにかをこらえられなくなった。
僕は泣いた。笑った。おもいっきり。
笑っているのか泣いているのか。
そもそも笑ったことがあまりないから、これが笑いなのか。
泣いたのはこの前が久々だったから、わからない。泣いているのか、どうかさえ。
もうなにもわからない。ただ感情のままに声を出していた。


結局、祐司にしてみれば全て演技だったらしい。
祐司にとって大事なのは確かに何よりも面白いこと。だけどそれは人の犠牲の上にあるものではなく、むしろ人をも喜ばせるのが信条だという。
僕は笑った。笑ったと思う。いつ以来かわからないけど、多分笑った。
そして祐司は誇らしげに言った。
「やはり俺が正しい。今回も存分に楽しめた。陰謀、策略。やはりこれこそ最高だッッ!」
そんな奇天烈な祐司のキャラは結局皆の知るところになり、祐司はクラスメイトから邪険にされるようになった。
もっとも、そんなことを気にする祐司じゃない。いつも通り変なことをして過ごしている。
僕はあれから変わった。そりゃ嫌でも変わる。
まずタケを殴った。どでかい花火をもろに浴びて火傷でひーひー言っているが容赦はしなかった。
が、怪我してようが相手はタケである。もちろん負けた。でもそれでよかった。
僕と祐司の間に拳の語らいはなかったが、タケとの間には効果があったようだ。
少なくとも、前みたいな扱いはしないようになった。
ボス猿のタケがそれだから、クラスの皆も少しずつ僕を見直してきたらしい。
とはいえ風当たりがそれで綺麗さっぱりなくなるほど簡単でもない。
でもよかった。すっきりした。
殺そうとしたこと。怒りに任せて大暴走した。おかげで心のなかの堆積物は随分と軽くなってくれたものだ。
タケも殴れたし、僕は僕として少しは自分で居られる方法がわかったような気がする。
もう本当に、怒りも憎しみも綺麗さっぱりなくなってくれた。あんな感情に任せて動いてたのが本気で不思議に思うほどだ。
元々祐司にはめられて出てきた感情だ。だからあんな激しく、そして短期間で終わってしまったのだろう。
だからあの騒ぎの罰として受けている「万年トイレ掃除の刑」はむしろ誇りだった。問題は同じく言いつかった祐司が全然現れないことだが。
自称僕の友達と言い張る祐司だが、
「ならトイレ掃除ぐらいやってよ」
と僕が言ったところ、
「あれはお前のわがままに付き合っただけだバカ」
とさっさと退散してしまった。
正直、炊きつけた祐司が一番悪いと思うのだがどうなのだろう。
結局あいつは悪魔なんだ。そのうち殺してやる。

そして僕はモッキ片手に呟いた。いつかの祐司の言葉に応える形で。
「デス・ミッション、フェイルド」