路地裏の一件から一週間。
NY最後の仕事を終えて、茂雄は悩んでいた。
行き先が決まっていない。
アフリカ行きも考えたが、下手するとすぐ赤字になるのが難点だ。
アフリカも、都市部では金が潤っているが、そのような場所ではあまり茂雄を受け入れてくれない。
やはり、各地の村に行ったほうがいいのだが、それだけだと赤字確実だ。
金が無いわけではない……が、世界を飛び回るためにはなにかと金は必要になる。
別段貯めているわけでもないが、いざという時を考えると軽々しく使い過ぎるわけにもいかない。
知り合いにいうと皆怪訝な顔をするが、実は大学の専攻は経済学だった。
一応、自営業にあこがれていたのだが、結局は趣味のダンスをメインにしている。
格闘技もあるが、こんなもん人に教えて金を取るつもりにはならない。
「さて、どうしたものかな……」
行き先が決まらない。LAはあまり行く気にならない。
あとはテキサスあたりに行ったこともあるが、そういえばアメリカ国内をわたりあるいたことはあまりない。
「いっぺん、アメリカの首都でも行ってみるか」
そしたら、そろそろ日本に帰ってみるのもいいかもしれない。
行き先はワシントンDC。そう決めた。
近いから、というのも理由の一つだった。
「列車というのもよさそうだしな」

アメリカの鉄道は主に物資輸送に偏っている。
広大なアメリカでは物資を列車で長距離輸送し、現地からトラックなどで輸送するのが一番コストが安く済む。
自動車による移動が主なので、人を乗せる列車は貨物車に比べるとはるかに少ない。
それでも、東海岸沿いの大都市間を結ぶ特急列車は人気があった。
「五番線……ワシントン行き。こいつか」
荷物はいつも軽めに済ましている。
各地を渡り歩く時に余計なものは邪魔でしょうがない。着替えも一着あれば十分だ。
列車に乗る。
なにやら、兵隊の姿が見える。
通常の輸送には民間の列車を使うこともあると聞いたことはあるが、なんか雰囲気がぶち壊された感がある。
「そういや、あの女……アメリカ軍か?」
一週間前、路地裏で形としては助けられた、日本人女性。
長谷川綾菜と名乗っていた。
この列車に乗っているのはどうやら陸軍らしい。
綾菜は見た目からして一般的な兵隊ではなかったし、さすがにこの列車に乗っているということも無いだろう。
そう思いつつ、茂雄は窓の外を眺めた。
そろそろ発車するらしい。
しばらくボーっと眺めていて、茂雄は眠りについた……

視界がぼやけている。
ゆっくりと目をあける。
目の前にどっかでみた顔があった。
まだ夢でも見てんのか。
茂雄は目をこすった。まだいる。
もう一回こすった。目の前の女性はくすりと笑った。
「……よう」
試しに声をかけてみる。
「またお会いしましたね」
返事が返ってきた。ちょっと夢としてはリアリティがあるような気がしてきた。
「なぁ、なんでここにいる?」
「たまたま同じ列車に乗り合わせたみたいですね」
………
改めて見てみる。
別に特別な服装はしてない。ラフな格好で綾菜は座っていた。
「さっき見かけたんで来たんですよ。茂雄さんなら、ここに座ってたらすぐ目を覚ますだろうなぁと思って」
向かい側。確かに、気配を感じて起きたのだろう。
「奇遇だな」
「奇遇ですね」
「………」
まだ頭が寝ぼけていて、それ以上言葉が続かない。
「ワシントンか?」
「え?」
「行き先」
「ええ。結構、このあたり行き来してるんですよ」
「そうか。俺は世界中回ってるからな」
「旅、してるんですか?」
「ああ。特に目的もなく、こうやって流れているのが意外と楽なんだ」
慣れるまでは大変だったが、日本でどこぞに就職してるより、よっぽど気は楽だ。
「いいなぁ……私は、仕事についちゃってますから」
「大変だな、勤めていると」
しゃべりつつ思った。
さすがに、あの軍隊とは関係ないだろう。
多分、趣味だ。あの拳銃と特殊装備は。
それはそれで恐ろしいものがあるが、まだ本物の兵隊と言われるよりかは現実味があるような気がした。
そう思いつつある茂雄を、運命は見事に裏切った。
隣の客車から入ってきた一人の男が声をかけてきたのだ。
「少尉!ハセガワ少尉!」
「はい?」
「少尉!ダメじゃないですか!一般車両にいつまでも居座っちゃ」
「だから私服でいるんじゃないですか、軍曹」
「隊での移動中ですよ!?」
「その辺はわきまえてます。次のミーティングまで時間もあるし、作戦行動中でもありません」
「しかし……」
「そんなに頭固いと、いつまでもガールフレンドができませんよ?」
言葉に詰まる。痛いところを突かれたらしい。
「と、とにかく……!時間までにはちゃんと戻ってくださいよ?」
「当然です。誰が部隊長だと思っているんですか?」
「し、失礼しました、いや……あの、とりあえずお願いします」
「どうせあっちでもポーカーとかやっているんでしょう? もう少しリラックスなさい」
「……はい…」
結局、最初の勢いもすっかり失って彼は戻っていった。
「……少尉?」
「はい、長谷川少尉です」
「……えっと……」
「アメリカ陸軍、第7遊撃特殊部隊所属、長谷川綾菜少尉です」
………そんなにペラペラとしゃべるようなもんでもないと思うが、本人は誇らしげだった。
「じゃ…この前の……」
「あのマグナムは秘密にしておいてくださいね?実は隊の備品、パクっちゃったんですよ」
いろんな意味で強者だ。
「仕事柄、気を抜くところは気を抜くんですけど、こっちの友達は少ないから……武器をコレクションにしてるんですよ」
「なるほど」
と言いつつも、さすがに戸惑いは隠せない。
「……気味悪いですか?」
「いや、さすがにそこまでは思って……」
「ちょっとは思ったんですね?」
「……いや、まぁちょっとは……気味悪いというか末恐ろしく……」
「でも、ちょっと物足りないんですよ。どうせ戦いなんて無いような平和な時代です」
「戦争なんて、無いほうがいいもんだぜ?」
「そうですね。でも、人間って戦わないと気がすまないところがあるじゃないですか。特に私はその傾向が強いんじゃないかって……前々か

ら思ってました」
「それで、武器コレクションか……」
「アメリカはそういうのを射撃できるような場所が多いのが好きなんです。日本では銃刀法とかあるし……」
「なるほどな」
「でも、茂雄さんも喧嘩とか好きでやっているでしょ?」
「まぁな。なんでわかる?」
「そういう顔してるし、噂も耳にしました」
散々ぼこしたから、確かに噂にもなるかもしれない……
「どこにも嫌なやつはいつもんだな。でもアフリカのほうはそうでもない」
しばらく、茂雄は今まで回ったところの話をした。
苦労話もあれば、一族に認められて嬉しかったというような事も、いろいろ話した。
綾菜にはよっぽど楽しそうに聞こえたらしい。
「やっぱりいいですね。あちこち回るのって。私も行きたいです」
「そう簡単にできるもんでもないぜ? 今までの生活を捨てなきゃなんねぇし」
「昔の生活は……もう捨てました」
「あ……」
それもそうだ。
普通の日本人女性がアメリカ陸軍の仕官になどなっているはずがない。
それまでの生活とは全く別のものになっているはずだ。
「家がね、結構金持ちの家柄なんですよ」
長谷川家。いつもその家柄を疎ましく感じていたという。
「私の性格もあるかもしれませんけど、友達には敬遠されているところがあって……特に親しい友達はできませんでした」
そういった、名門的な所から離れたいという気持ちがいつもあった。
海外。そう思った。
そして、すでに始めていた武器コレクションが大体の就職先を決めたのだという。
「そうか……」
「私にとって、今さら生活を変えることなんてなんでもありませんよ」
「そうだよな、今だって苦労してんだろう?」
「慣れましたけどね」
「確かに、旅する素質は十分だな。がっはっはは」
わざと大きく笑ってみせる。
綾菜が少し、寂しそうな顔をしたからだった。
「茂雄さん……」
「ん?」
「あの……」
なにか考えているようだった。
「次は、どこに行くんですか?」
「ワシントンの次か?」
「はい」
「いつもは考えてないんだけどな……とりあえず日本に戻ろうかとも思う」
「そうですか……」
「まだ決めてねえ。いっつもその時の気持ちのおもむくままだ。もちろん、金の問題はあるけどな」
「お金の管理とか、いろいろ大変じゃないですか?」
「まぁな。だけどこれでも経済学部出だ。なんでもねえさ」
「経済学部ですか」
「変か?」
「いえ、最初だったら変と思ったかもしれませんけど話していたら、なんか違和感ない感じです」
「そういってくれるやつは少ないな。みんな怪訝な顔するんだ。なんでお前が、ってよ」
「アフロに対する偏見ですね」
「な、なんかそういうもんなのか……? そういや、さっきからずっと敬語だよな?」
「敬語で話すのに慣れているんですよ。記憶をたどっても、中学以前から話す時はいつも敬語です」
「それも、家のせい?」
「わかりません。確かに厳しいかったですけど、兄は普通に話してましたし」
二人で長いこと話していた。

ワシントンが近い。
「そろそろ戻らなければなりませんね」
一度、綾菜は向こうの客車に戻っていたのだが、10分ほどで戻ってきた。
「そうだな」
外を眺める。
来たことの無い場所だからわからないが、大体定刻どおりにつくそうだからそろそろのはずだ。
「そろそろお別れだな」
そう言いつつ、実感はわかなかった。
「そうですね……」
「縁があったら、また会おうぜ」
「あの、茂雄さん。ワシントンにはどれぐらいいます……?」
「そうだな……一週間半は最低でもいるだろうな」
「じゃ、その間に遊びに行きますよ。茂雄さんのダンスも見てみたいし」
「おう!いつでも見に来い」
「それでは」
綾菜はそのまま隣の客車に移っていった。

夕方のワシントンを茂雄はのんびり歩いていた。
茂雄のダンスはゲリラ的に始まる。そのためにも、先に街のポイントを抑える必要もあった。
だが今回はそれだけではない。
そう、珍しく観光中だったのである。
「これがホワイトハウスか〜……白いな〜〜」
当たり前だ。
とりあえず、金のかからないところを中心に回った。
どうせ入館料の類も、旅費に比べたら大したこと無いが、節約する精神が必要なのである。
第一、そんなに興味があるわけではない。
宿は小さなところをとり、ようやくのんびりした。
列車に乗ってからずっと綾菜と話していた。
それで、いろいろと思うところがあった。
自分が、旅に出た時。旅に出て、外国でダンサーをしながら渡り歩くと決めた時。
その時の志は、もうずいぶんと消えてしまったような気がする。
この旅を始めて、もう七年になる。
最初の頃は、認められることも少なく、護衛をやったりしたこともある。
自分の料理の腕を生かして、厨房で働くことも少なくなかった。
そういうふうなことをしながら、ダンスをしてきたのだ。
……喧嘩も多かったが。
気が付けば、三十路も目の前だった。
無謀な二十代も、もう終わりを告げる。
「……なんてな。俺にはこういうのを考えるのは似合わねぇだろ。なるようになるさ」
深い眠りについた。

あちらこちらを転々と移動する茂雄は、当然事前に準備などしてない。
現地でゲリラから始めて、場合によってはテレビ出演まである。
NYでは二回ぐらいテレビにも映っている。
ということは、もしかするとアメリカ全土にわたっているのかもしれない。
試しにワシントンのテレビ局に行ってみた。
追い返された……
めげずにもう一件行ってみた。
こちらでは、それなりの返事をもらえた。
曰く、ワシントンでも話題が集まったらぜひ取材させてもらいたいと。
どうやら、毎度のごとくゲリラは必要なようである。

ということで、街のあちこちでダンスを披露して回る。
小銭は稼げるが、旅費としては心細い金額だ。
しばらくすれば、どこぞのちゃんとした設備でできるようになるパターンが多い。
逆に、警官が出てきてこんなところでやられては困る、といわれる場合もある。
一度紛争地域でやって、威嚇射撃されたこともある。
弾を全部避けて銃身を叩き折ったら敵扱いされて町中を逃げ回ったこともあった。
苦労は絶えないが、楽しくはあった。
だから、こうスムーズに進むと面白くないような気もする。
「というわけで、二日後に当局の第三スタジオまでお願いします」
テレビでの出演が決まったのはワシントンに来てからわずか二日目だった。
これがつまらない。
名前が思ったよりも売れすぎている。アメリカと、スペイン、イタリアあたりが特にそうだ。
名前が売れると、金は稼げるが面白みに欠ける。
しょうがないので、一応笑顔で了解した。
ゲリラしながら、茂雄は綾菜を気にしていた。
いつ、来るんだろうか。
テレビ出演が決まれば金は稼げる。
それが終われば、この街とはおさらばしたい気分も小さくなかった。
だが、まだ綾菜が来てない。
いつ来るんだろうか……

テレビに出演してから、人気はさらに高まった。
人気のないところでダンスを披露していても、終わる頃には人だかりができている。
一度、中心部の公園でやったときなど、大騒ぎだった。
この時はちゃんと前もって準備をし、周囲は警官が警備していたりしてて、騒ぎに騒いで拘束された人もでたとかでなかったとか。
その時も、綾菜らしき人物はなかなか見当たらなかった。
いつしか、綾菜が来るのを待つためにあちらこちらで披露するようになった。
次の日もこない。
その次の日もこない。
そうやって、結局到着から一週間半が過ぎていった……

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