「おい、おっさん。こんなところで何をやってるんだ?」
振り向くと、禿頭の黒人青年が近づいてくるところだった。
「ここは俺らの縄張りだぜ?」
にたにた笑いながら近づいてくる。
「通行料、払えよな。払えねえなんて言わせねえぜ?」
そう言いつつ、右手をゆっくりと見せびらかす。
拳銃だった。設計は護身用のものらしいが、殺傷力は十分すぎるほどある。
使い慣らしてあるのか、ずいぶんボロい印象はあるが、かえってそれが迫力を増す。
使ったことのないピカピカの拳銃など怖くない。怖いのはすでに何回も撃った拳銃だ。
「オラッ、とっとと金出せよ!!」
別の方向から野次が飛んだ。
まだ十代前半だろうか、黒人の少年だった。手にしているのはパチンコ。
石などを打ち出せばそれなりの威力を発揮するし、鉄の玉ならばあたりどころしだいで相手を殺すことも出来るだろう。
そうやって生き抜いてきたのだろう、この者達は。
この悪名名高い大都会の裏で生きていくにはそれしかなかったに違いない。
相手から物を奪い、生きていく。昨日の仲間と今日は奪い合いしなければならないような世界。
「相変わらず腐ってるな、この街は」
「なんだって?」
「餓鬼共が吠えて生きなきゃならねぇ。弱き者が必死に自分を強く見せる事で今日を生き抜く。こういう所にいると日本は本当に平和ボケしてやがるなぁ、としみじみ感じちまうんだよ」
「はぁ?頭でもおかしいのか?いや、その頭じゃもとからろくなもん入ってなさそうだけどな、クックックック」
ひとしきり笑った後、再び銃口を向ける。
「別に殺してもいいんだぜ?手っ取り早いしな。俺様が慈悲深いからこうやって生きて俺の縄張りから出れるんだ、感謝しやがれ」
「そうだそうだ!!兄貴がわざわざ手間かけてやってるんだ!さっさと金出しやがれっ!!」
慣れてるせいか、なかなか上手い配置だと、茂雄は心の中で賞した。
目の前にいる二人以外は、相手が逃げ出せないように、また他の連中に邪魔されないように息を潜めて隠れている。
気配からわかるが、全員せいぜいが十歳ぐらいだろう。歳を取る前に死んでしまうほうが多いのだから、当然だ。
自分に余裕があればちっとぐらい恵んでもいいんだが、あいにく友人に金を貸したため手持ちは少なかった。
その金もあまり戻ってくる期待はしてないんだし、こいつらにやっても同じだったろうな。そう思うのである。
「いい加減にしろよ、おっさん。あと十秒だ。俺たちだって暇じゃないんだ!」
「じゃ、いい加減にするとするか」
茂雄は手を上に上げるとそのままストレッチを始めた。
そして屈伸に移る。
「なぁ、このおっさん本当にイカレてんじゃねぇの?さっさと殺っちまおうぜ、兄貴!!」
「そうだな」
茂雄はアキレス腱を伸ばしている。簡単な準備体操だが、これをやらないと気がすまない性分だった。
「あばよ、アフロのおっさん」
引き金を引こうとしたその時、茂雄は無造作に何かを投げた。
リーダーの拳銃男は反射的にかわす。即座に引き金を引こうと思ったが、その時にはすでに視界の中に茂雄はいなかった。
「なにっ!?」
隠れる場所は無い。ある程度見通しのいい裏通りだし、彼から隠れたとしても仲間からは見えるはずだ。
だが、なんのサインも無い。
ドサッ
何かの倒れる音。真横だった。
「!?」
振り向くと、先ほどまでパチンコを玩びつつ野次を飛ばしていた少年が倒れ伏していた。
「なっ……」
驚く彼の後頭部に空から落ちてきたチョップが炸裂した。

「……つまらんな」
周囲にまだ何人かいるが、誰もでてこない。
この手の集団は弱いもので、リーダーがやられるとすぐに瓦解する。
別にそれを考えて茂雄は行動したわけではない。単に降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。
それはともかく、気配が無くなったのを確認して茂雄は『表』の方向へ歩き出した。
昔借りを作った知り合いに金を貸しに行った帰りである。
単なる義理立てで、もうかまう気にもならない相手だった。
あまり親しい仲間はいない。ほとんどが一度会ってそれっきりだ。
(世界をまたにかける男にはしかたがあるまい……)
と、茂雄自身それで済ましている。
一応、ここでは有名なダンサーだ。
やはり当たり外れがあるもので、都会ならともかく、それ以外では南のほうが気が合う。
もともとアフロの発祥の地であるアフリカのある村では一族の一員扱いだ。
太陽神扱いされたこともある。なぜだかわからぬが。
アメリカ東海岸にある世界の富の集まる場所。この街は彼をありのままに受け入れた。
……早い話、単なるアフロダンサーとして受け入れたのだった。
微妙につまらない。
いや、それはいいとして。
これで三度目になるNYだった。

通りは薄暗く、人通りは皆無。しかし、それでもこの道は表のストリートにつながっている。
同じ街に二つの面。アジア人はどちらでも嫌われる。
LAならばアジア人を受け入れる余裕があるが、NYでは実力が必要だ。
茂雄はアフロダンサーとしての名声を受けているので表裏問わず、顔は知れている。
……七割が友好的で、残り三割はほとんどが茂雄を嫌っているようだった。
インパクトの強さのせいかどうやら中間層はいないらしい。
いろいろと考えながら歩く。見るものも無いし、つまらない。
音だって、風の吹く音やそれによって舞い上がったビラ、ゴミのぶつかる音ぐらいだ。
「いや……それだけじゃない…?」
かすかに聞こえた女性の声。悲鳴というほどのものではないが、緊迫した感じだった。
こんな場所だ。多少の事件ぐらい普通だと思えるが、だからといって無視するわけにもいかない。
方角がはっきりとわかるわけではないが、茂雄は走り出した。

「や、やめてください!!」
手をつかまれた女性が必死で振り払おうとするが見た目からして筋肉質な大男に勝てるわけが無かった。
「観光客がこんなところまで入ってきちゃいけねぇぜ。こういうことになるからなぁ……ぐぇっへっへっへ」
見たまんまの悪役だった。
「だ、誰かっ!」
「無駄だ無駄無駄ぁ!!この辺り一体は俺様の縄張りよ。命の惜しいやつは来たりするもんか」
表のストリートから紛れ込んでくる、あるいはさらって来る時に一番最初に通る地域だ。
彼は絶対支配地域とするために、部下を連れていない。
そのため、ある程度の広さのあるこの地域は彼に見つかりさえしなければ通れるまだ安全な地域ではあった。
そう、見つからなければ。
「あぁっ……!!」
「おっと。無理に動くと痛いだけだぜ?諦めな」
どうせ誰も助けに現れたりはしない。
そういう油断があったせいか、彼は一つ見落としていた。
「いやぁぁぁ!!」
捕まった女性はまだ自由だった足を思いっきり上に蹴り上げた。
今まさにのしかからんとしている男には致命的な角度で蹴りが股間に入った。
「はぉおおおおおおおおおおおお!!!!??!」
……本当にダイレクトだった。
一瞬拘束が緩むが、逃げようとした瞬間に横から拳が飛んできた。
「きゃっ!!!!」
「許さん!!許さんぞぉっ!!!!」
血走った目で大男が迫ってくる。
最後にNYの特大高級ステーキが食べたかった……と、覚悟を決めた時。
「待ちやがれっ!!」
間一髪のタイミングで茂雄が現れた。
「知らんっ」
大男は止まらなかった。
「役立たたず〜〜〜〜〜!!!!」
「な、なんだとぉ!?」
助けに来た面子丸潰れである。
「おい!もうちょい、反応ぐらい見せやがれ!!」
「ふん、どっかの正義もの気取りが来たところで、こいつは俺様の手の内にあるんだぜぇ?」
言って、女性を引き寄せる。
「くっ……」
「うぅ………せっかく助けが来ても意味ないじゃないのよ〜……」
とはいえ、大男とてまとまった敷地を得るために幾度となく闘いを経験している。
茂雄の力量は……それとなく伝わっていた。
距離は30メートルほど。
動いたほうが負けだった。
「くっくっく……」
それでも手先ぐらいは動かせる。
大男が人質の女性に嫌がらせするぐらいはできるのだ。
「いやぁっ……やめてっ!!」
「ぬぐぐぐ……」
茂雄の位置からではどうすることもできない。
先ほどみたいに、何かを投げて気を引こうとしても下手すれば人質に危害を加えることになる。
多少の怪我ぐらいは知ったことではない、と言ってしまえばそれまでなのだが……
茂雄としてはここはヒーローでありたかった。
(ちくしょう……なにか手は無いか?)
やはり怪我させるのも覚悟して先ほどの手を使ったほうがいいかもしれない。
こちらの踏み込みと同時に女性を傷つけるのは……確率的には低いはずだ。
こっそりと礫を拾う。
「おい!おかしな真似するんじゃねえぞ? もし、余計なことしやがったら……」
「あぅぅぅ………」
ああいったのはさっさと潰すに限る。
茂雄は礫を投げた。狙いは容赦なくデコ。
ガコーンッ
異様な音がした。
まさか当たるとは……と思いつつ、高く跳躍する。
壁を蹴り、相手の頭上で……
「ふざけた真似をしやがって!!」
振り上げられる拳。
体をひねって、伸びきった腕にかかと落とし。
「ぐがあああ!!!」
「ぶっ飛べ!」
左足が地面に着くと、一度膝に力をためて解き放つ。
膝蹴りは見事にど真ん中に入った。

「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます……」
女性にしてみれば、気がついたら大男が吹っ飛んでいたようなものだ。
礫を投げてからはほんの1秒程度の連続攻撃だった。
「あの……手……」
茂雄の手が意識してかせずにか、女性の胸の上にあった。
「を? これはスマン、スマン……」
とか言いつつ鼻の下がかなり長くなっている茂雄であった。
「……」
じと目。
「い、いやそれはともかく……」
もともと茂雄がヒーローになろうとしていたことに間違いがあった。
女性としても、恩人なのでそこまで強く睨み続けることもしなかった。
「あの、すいませんけど外の街のほうまで送ってもらえます?」
「ん?…ああ、いいぜ」
さすがにこんな所に一人で置いておく気はしない。
言い出さずとも護衛を買って出るつもりだった。
「それじゃ……」
殺気。
突如、湧き出た殺気を茂雄は感じた。
後ろ、頭を狙っている。
「伏せろ!」
女性を無理やり押し倒した直後に、頭上をフックが通り過ぎていった。
詰めが甘かった。
そのまま腕を振り上げている。
自分なら余裕でかわせる。だが、女性を同時によけさせるのは難しい。
バカだった……心の中で罵るがもう遅い。
相手の攻撃を受け止めるしかなかった。
だが……
破裂音、
いや、銃声だ。
そう気づいた時にはもう大男は吹き飛んでいた。
「暴力は、ダメですよ」
場違いにおっとりした声。
それ以前に、銃をぶっ放しといてそのセリフは無いと思う。
「でも良かった。ちょうど先ほど仕入れたばかりのマグナムが撃てて」
茂雄が振り向く。
日本人……だと思うが、東洋人であろう。
特殊部隊なんかが着てそうな装備で大口径の拳銃を片手にぶら下げていた。
ちなみにさっきの大男はというと、右上腕部から血を噴きだしてのた打ち回っていた。
「アフロさん、とどめはちゃんとささないとダメですよ。ああいう輩には」
綺麗な顔して物騒なことを平気で言う。
茂雄は日本語で答えた。
「そうだな、ありがとよ」
「あら? 日本人でしたか。てっきり中南米の方かと」
ちなみにアフロの発祥はアフリカ。
気持ちはわからなくもないが、なんかずれている。
「俺は茂雄。さすらいのアフロダンサー、阿部茂雄だ」
「私は長谷川綾菜と申します。茂雄さん、女性を助けるのはご立派ですけど、助けるならちゃんと最後までしっかりしたほうがいいですよ?」
「え?」
先ほどまでいた女性が、いない。
「多分、茂雄さんが押し倒したのを勘違いされたようですね」
「……俺は結局なんだったんだ……」
「正義面した痴漢さん」
「き、厳しいな……綾菜さん…」
「嘘ですよ。人質を取り返すあの動き、格好良かったですよ」
言って微笑む。
微笑まれた男10人のうち8人は惚れるような微笑だった。
「そろそろ、時間ですね。それでは」
拳銃をしまって、綾菜はゆっくりと路地の奥へ入っていった。
あとにはボーっとした茂雄がいた。
どうやら惚れる8人に入っていたらしい。
ちなみに、撃たれた大男も痛みも忘れてボーっとしてたりする。
気づいた茂雄が思いっきり蹴飛ばす。
悶え苦しむ大男を茂雄は容赦などしなかった。

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