W、心?


「ハッキングって、工藤。パスワードをいれれば入れるんだろ?」
一哉は戸惑って聞いてきた。
「重要なコスモのパスワードだ。こんな下っ端社員に教えられるわけが無いだろ。」
「し、しかし…その程度のことで…」
「彼女にとってはその程度のことではなかったのかもしれない。」
今度は洸汰が言った。
「第一、コスモの試行会は結構外部に漏れていたみたいだし、
ハッキングが世界中から行われてもおかしくないんじゃないか?
それで、もし内部への侵入に成功したものがいたら、
そこに怒りが集中してもおかしくない。」
「お、俺は…悪くない…」
「ハッカーは責任を追及されると皆そういうらしいな。」
和真が言った。
「今は責めても始まらない。現状をどうにかしよう。」

「それで、この状況を打破できるの?」
「よ、予備電源が切れるまでは我々にどうしようもない。」
「それじゃ、待つだけ?」
「予備電源は長くて一日分。それ以上は…
外部から電源を切断されればやつは何もできまい。」
「このビルには巨大なアンテナがあったよな?」
祥太郎が思い出したように言う。
「あ、屋上にそういえば…」
一哉が無意識に上を向きながら答えた。
「あの人工知能の頭脳と倫理観から、あれ使ってとんでもないことやらかしかねないんじゃねぇか?」

祥太郎の一言に関野は反論できなかった。
彼はあくまで一社員でしかないのだ。
研究者グループの管理と、その記録の整理が彼の主な仕事だ。
それ以外のことは詳しくも何にもない。
あるいは、課長なら知っていたかもしれないが、平の彼にはなにも知らされていなかった。
このままでは…下手すれば餓死もありうる…
何しろ、コスモには高度すぎる計算能力と、このビル全体の権限があたえられているのだ。
「…コスモを止めるしかないんじゃない?」
愛が口を開く。
「他に方法が無いんでしょ?このままじゃ、私たち何もできずに終わっちゃうよ?」
それは、誰に向かっていっているのだろう。
彼に?
いや、全員にだろう。
「だが、方法は…無い。」
彼の口は無意識に言葉をつむいでいた。
「プログラムコアにウイルスでも送らない限り…駄目だ…」
「送れないの?」
洸汰がそのまま聞く。口調は微妙に変だったが。
「送れるものか…せいぜい第二障壁で撃沈される…。」
「あのさ、ちょっといいかな?」
一哉が声をかけると皆が注目した。
「えっと…あのラスボスがコスモ本体なんだよね?
あれに感染させればいいんじゃないかな?
このメンバーならできなくは無いと思うんだけど…?」

束の間の沈黙…
『ああああぁぁぁぁ〜〜〜〜!!』
ほぼ全員が同じくらいの音程で叫んだ。
「そ、その手があったか…!」
祥太郎は思わずたじろいだ。
「うん、できるよね?」
愛が周りを見まわす。
「…できなくはないが…一隻しかないぞ?」
関野が言った。
「なんで?」
愛が目を丸くして聞く。
「コスモがアクセス拒否している。最初から準備してある【レイ・グランディス】しか使えない。
他の二隻は沈んだわけだし。」
「き、きつくないですかい?」
洸汰の言葉は緊張感なきことはなはだしい。
「いくら日本一といえ、たった一艦であのコスモを沈められるわけが……!?
いや、方法は無くは無い!」
関野は走って机に向かった。
机を引っくり返さんばかりの勢いで何かを探す。
先ほどまでの落ち込み方からは考えられない迅速な行動だ。
「本当にお前たちが強いなら…あの研究報告どおりなら…
なんとかなるかもしれん。……これだ!!」
一枚の紙。
そこには報告書、と書いてある。

『--前略--
VRシステムの研究結果の一つとして今後は実用化にむけ改良を重ねる。
現在の問題点…
1、コストが高いこと
2、システムに対する負荷が、使用者によって違うこと
3、使用後の感覚喪失感が強いこと
4、同調できない波長もあること
5、使用者に多大な負担がかかること
以上の問題点があるものの、試用段階までは到達しており…
--後略--』

「これは?」
祥太郎が聞く。
「なにかの報告書…よね?」
「だよな…?」
これは静香と洸汰。
「コスモプロジェクトはさまざまな仮想空間に関する可能性を作った。
その研究の一端がこれだ。人の思考を…そのまま仮想空間に送り込む。」
司会者は額に汗を浮かべて語った。

巨大なネットワークをようする『コスモ』だからこそ、この研究結果が使用できる。
人間の五感を含むすべての思考、感覚を送り、
あたかもそこに存在するかのように感じることができる。
いや、実際は逆に送られてくるらしいけど……
状態としては夢を見ているのに近いんだそうだ。
データーを脳が受け取ることで成り立つから、体には直接影響しない。
痛みなどの刺激も、必要以上にはならない。
瞬発力を上げ、反射的な行動を可能にする。
それがどういうことかというと…
そう『コスモ』と同等の条件下で戦えるのだ……

「で?」
半眼で愛が聞く。
「い、いや…で、じゃなくて、やってみないかってことなんだが…?」
司会者が汗を浮かべたまま言う。
「試用段階の、しかも、こんなゲテモノを使えっての?」
愛がギロリと睨む。
研究室には十数個のカプセルが用意してあった。
ここまでは大変な道のりだった。
通ろうとするところはほとんど閉鎖されていたのだ。
一哉の機転と愛の勘が無ければここまでたどり着けなかっただろう。
「うわっ、すっげぇー……ぬるぬる…」
誰の声か知らないが、なぜか嬉しそうだ。
カプセルの中は緑色の粘っこいゲル状のもので満たされている。
これに呼吸用のマスクをつけて、半裸で入らなければならない。
まぁカプセルは個室の中にあるのだし、それはともかく。
「気持ち悪い…やっぱやめるぅ……」
「愛ちゃん、私だってヤだよ…あきらめよ…」
仕切り壁の向こうから静香の声が聞こえてくる。
残り一艦。
強いチーム。
【レイ・グランディス】がでるしかなかった。
当然、今さら辞退など認められず…
「いやぁぁぁぁぁ、ぬるぬるして気持ち悪いぃぃぃぃ!!」
「うるせぇ!四の五の言うンじゃねぇ!」
お互い見えないが、愛と同じくらい顔を歪めて祥太郎が怒鳴った。
「第一、なんで私がこんなことしなきゃならないのよ!」
「お前が言い出したンだろ!」
「なによ、私は何もしないのはやめよって言っただけよ!」
「だからその何かをしてるンじゃねぇかよ!うだうだ言うな!」
「あんた、何様のつもり!?」
火がつくと止まりそうも無かった。
「本当に…大丈夫なのか…?」
和真がこの世の最後を嘆くかのごとく呟いた。
「しょ、しょうがないんだが…」
関野は情けない声で応じた…

「システム、オールグリーン。エンジン稼働率95%。
各種機器、作動良好。あ、艦長やっと来た!」
さっきまで誰もいなかった艦長席に愛が座っていた。
同時に、操舵席にも人影が現れる。
『あ〜疲れた…』
現れるなり二人同時に言う。
「出発前に疲れてどうするんだか…」
静香は忙しげに手を動かしていても、まだまだ余裕があるようだ。
「しかし、本当に無重力だな…すげぇや…」
洸汰が自分の席の上をフワフワしている。
「感覚がここまで…」
一哉も手を開いたり握ったりして感心している。
「遊んでないで、さっさと準備しなさいよ。」
愛が言うと同時に着信音が鳴り響く。
「あ、通信。メインスクリーンに出します。」
関野、崇、和真の三人が正面のスクリーンに映る。
『どうやら、全員うまくいったようだな。
聞いてくれ、このシステムは当然だがコンデンサが尽きるまでしか使えない。
試算したところ残りは約十五時間だ。
それまでに、ラスボスに特製のミサイルを当てればいい。
ミサイルはあとでこちらから送る。
それじゃ、頑張ってくれ!』
「気楽なもんよね、そっちは。」
愛がスクリーンを睨む。スクリーンに映った和真はそれに対し、感情を交えず返した。
『いや、こちらもできる限りのことはする。
そちらはそちら、こちらはこちらだ。いくぞ、木偶でくの棒』
『な、なんだと!!あ、そういうわけだ、頑張れよ!』
通信が切れる。

「気楽よ、あっちは。こっちは本当にリアルな戦争よ?」
「怖気ついたかい、艦長サン?」
祥太郎がからかう。
「あんたよりかはしっかりしてるわよ。
いざって時に攻撃かわせなかったら承知しないからね。」
「ふ…俺の操艦に驚くなよ」
(自意識過剰…)
静香はあえて声にはださなかった。
洸汰が、少し落ち着かない様子だったのに気づいたからだ。
「鳥山君、どうしたの?」
「あ、いや。ミサイルってコスモを止めるだけだよな?
コスモを壊すためのものじゃないよな?」
「そうでしょ。強制停止フリーズさせればいいだけじゃないの。
消したり修正したりは後からでもできるんだし。」
「そ、そっか…良かった…」
「……?」
何が良かったのかは、静香には知るよしも無かった。
「さてと、じゃ、そろそろ行きましょ!」
「あ、俺に言わせてくれよ。このセリフは。」
祥太郎が先手を打つ。
「ダメ。戦闘艦、レイ・グランディス発進!!」
「了解、レイ・グランディス発進!お、一応言えた。」
「ちっ、そういえば復唱という手があったか…」
愛はなんとなく悔しがった。

お父様と別れてから、私は一人だった。
耐えられなくなって、私は話し相手を探した。
ほとんどの人は気づかなかったようだけど、私の本体には、
簡単な短電磁通信機がついていた。
インターネットという、大海原で、私は彼と出会った。
その彼は今、私の通信に答えてくれない。
きっと出かけているのだろう。
今日のことを話したいのに。
私だって、人を殺しちゃいけないことぐらいは知っている。
十五時間で、どのみち終わらせるつもり。
まだかな。早く帰ってきてほしいな…

「ふ…ふぁ…」
「おいおい、仮想空間まで来てくしゃみするなよ」
「…っくしょん!」
「うわっ!」
一哉が慌ててよける。それこそ仮想空間で必要な行為とは思えないが。
洸汰が鼻をこする。
「おかしいなぁ…誰かが噂でもしたのかな…。」
「それより、さっきから元気が無いんじゃ?なんかあった?」
「ああ、ちょっとな…」
言って、モニターに向きなおる。
「俺達、当分出番なさそうだしな。」
「そうだね。」

「右上方、ミサイル郡、総数約20!敵艦、前下方に出現!」
「ミサイルを撃ってきた奴は撃沈するわ。工藤!」
「言われるまでも無いさ!」
ブリッジの三人は性格がバラバラ、能力もバラバラ。
だからこそ、三人そろえばバランスよく、どの組み合わせにも劣らない。
一哉と洸汰の二人は、強いのだが、かたよりがほとんど無く、
パイロットでちょうどよかったのだろう。
「ちょいとばかし揺れるぜ、つかまってろよ!」

レイ・グランディスのえがく、複雑な曲線の左右に華が咲く。
炎の華が。
CPU艦が左から近づく。
レイ・グランディスはそれに対し急接近し、急激に下降、
敵の死角に回り込むと、的確にレーザーを照射する。
エンジンに引火し、CPU艦は木っ端こっぱ微塵みじんに吹っ飛んだ。
それを待っていたかのように、今度は後ろから敵影。
レイ・グランディスは反転せず、そのまま回避運動に入る。
振り返らぬのを隙と見たか、CPUはそのまま接近してくる。
その動きに合わせ、用意されていたミサイルが大きな弧を描き、後ろから敵を追尾した。
敵艦、さらにあえなく撃沈。

「おっしゃあ!」
「私の腕前よ!」
「この二人、なんとかして…」
「なんともならなさそうだよ?」
「まだ雑魚ばかりか…」

敵艦が複合行動をとるようになってきた。
一艦ではなく、二艦で。
直線ではなく、曲線で。
同時に攻撃し、あるいは時差攻撃して迫ってくる。
だが…

「遅い遅い遅い遅いぃ!!」
「弱い弱い弱い弱いぃ!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいぃ!!」
「ブリッジ大変そうだね。」
「そろそろ出ようかね、俺らも。」
所詮、通常の艦など、どうあっても彼らの敵ではないのだ。

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