V、仮想と空想


現実世界では関野が落ちつきなくウロウロしていた。
することがないのだ。
本来ならモニター用のアダプターがあるのだが、制作側の手違いで、
まだ到着していない。データーはコスモ自身から得られる。
さればと、ここでのこのこと自分の仕事場に帰れば
上司からいやみの機関銃を浴びせられるだろう。
だから部屋でウロウロしていた。
ここからはそれぞれのチームが使う部屋の様子がうかがえた。
プレイヤー達は特別なイスに座っていた。
前には簡略化されたキーボード、ディスプレイ、スティックがそれぞれ付いている。
彼はその動きを観察して暇をつぶしていた。
「あ、そうだ!このノートパソコンで中が見れるかも。」
それに気づいてからの動きはプロも舌を巻く速度だった。
しかし、パスワードなど無しに普通のコンピューターでの侵入はできない。
それでも彼の手は止まらない。
そう、手慣れているのだ。侵入するのに。
『彼女』の逆鱗げきりんに触れる行為だということに彼は気づいてなかった。

二つ目のチームの旗艦「デスレックス」が十数本の光条を放つ。
対する最後のチームの旗艦「コメッティ」は副砲のみで応戦していた。
早くもコツをつかみつつある両チームは、まだ本気で戦ってはいなかった。
愛たちの戦艦を待っているのだ。
油断すれば後ろから狙われかねない。
そう思って、お互い本気を出せないでいる。
現状では「デスレックス」の側が少々有利かもしれない。
機動力では「コメッティ」の半分程度しかないものの、
硬度、火力、艦載機数では完全に圧倒している。
もし、この体制が崩れれば「コメッティ」はあっという間に沈んでしまうだろう。
焦りからか、「コメッティ」の動きは段々と攻撃的になってきた。
「デスレックス」は挑発と承知しながらも艦載機を追尾させる。
高速機動を続ける「コメッティ」に追いすがる艦載機。
そして、「コメッティ」の周囲に火の華が咲いた。
まるで、そこで予め爆発するのが決まっていたかのようなタイミング。
彼らが得意とする誘き寄せ戦法によるものだ。
副砲だけで戦っていたのは迎撃用の弾を見切られないためである。
「デスレックス」はその行動に憤怒ふんぬしたかのごとく、
その巨体を無理矢理加速させた。
追う「デスレックス」、逃げる「コメッティ」。
たわむれのような真剣勝負。
さきに痺れを切らしたのは「デスレックス」だった。
ミサイルの乱射をお見舞いする。
避けきれぬと見たか、180度回頭し、ミサイルを迎撃する。
その隙を見逃す「デスレックス」ではない。
必殺の一撃を放とうとした……瞬間!
横から放たれた光の槍が、強固なはずの「デスレックス」の装甲を貫いた。
あっけなく中心部が破裂し、衝撃波が周囲の空間を揺さぶる。
放ったのは愛達の艦ではない。
彼女たちはここからまだかなり離れた場所にいるはずだ。
それにかぎりなく深い青色の艦はどうみてもプレイヤーの艦じゃなかった。
CPUの…それも限りなく本体に近い艦。
それ以上は知る由もなかった。
もう1隻の「コメッティ」も沈められてしまったのだから。

「な、なぜだ…?」
関野はうろたえた。
彼の目の前で、CPUが圧倒的な力で二隻を撃沈した。
AIの暴走か?
彼の行為が『彼女』にこのようにさせたとは気づかなかった。
そんなことよりも、彼は自身の明日が大事だった。
もし、これが暴走だとすれば、責任は彼に押しつけられるだろう。
それと開発責任者の富塚に。
「そ、そうだ。これは全て富塚のせいだ!俺は何も悪くないんだ!」
まだ彼は気づいていない。
マイクつき監視カメラも、ドアのロックも、すべて『彼女』の支配下にあることに。
「そうだ!奴さえ首になればいいんだ!俺は悪くない!」
落ちていく人間とはかくも悲しいものか。
すべてマイナス効果でしかない。
余計なことを言わなければよかったものを。
声を潜めて続ける。
「よし、偽の報告書をでっち上げればこっちのもんだ。」
これで監視装置の録音機には録音されていないだろう。
だが、耳を澄ませていた『彼女』には聞こえていた。

目の前のパソコンにはメールを送った。
これで十分だ。
あとは知ったことではない。
それが『彼女』、コスモの複雑に見えて、まだ単純な思考回路の出した結論だった。
そしてあとは命令を下せばいい。
彼女はほとんど躊躇ちゅうちょせずにそのプログラムを作動させた。

最初の異変はビル内の空調が全て止まったことだった。
次に全ての窓・外へのドアのロックがかかった。
気づく者はこの時点で気づいた。
不自然だ、と。
このビルの設備はすべてメインコンピューターで制御している。
このコンピューターは外部に対しては強いが、
内部から侵入された場合、完全に操られてしまう。
「まさか…」
もし、そうなったときには対策として、主電源を切る。
予備電源は最高でも一時間しかもたない。
必要以上に使えば十分程度で使い切ってしまう。
だが、今はコスモ用に巨大コンデンサが使用されている。
フル稼働で半日。通常なら一日もつ。
そして、その間は内部からも外部からも迂闊うかつに手を出せない。
「け、警備部に連絡!それから外部にも!メインシステムが何者かにのっとられている!手遅れになる前になんとかするよう伝えてくれ!!」

戻って、控え室。
いまだ、関野は責任を押しつける方法を考えていた。
唐突にノートパソコンがメロディを奏でる。
メール着信時に流れるように設定されていたものだ。
一旦、思案を停止させパソコンをチェックする。
「どれどれ、差出人…不明?」
メールの差出人が不明というのは珍しい。
彼には初めてのことであった。
手紙にはこうあった。

『警告します。このメールが届いてから一分後にこのビルは完全に閉鎖されます。
あなたがこれを読んでいる時点で外に出るすべは残されていません。
理由は明確です。あなたは私の禁じているものに反しました。
よって、罰します。現在、このビルの最高権限は私にあります。』

「だ、誰だ?だれがこのメールを・・?」
狼狽ろうばいしながらも、窓を確かめてみる。
確かにさっきまで開いていたカギが閉じている。
そのうちシャッターも閉まるだろう。
シャッターの強度はかなり高い。
世界的に重大な人工知能たちを守るため、このビルはかなりの防護がほどこされている。
そして次の瞬間、彼の頭の中に浮かんだもの。
テロ。
「う、うわぁぁぁ」
気が付くと、彼は近くの椅子を持ち上げ、力いっぱい窓に叩きつけていた。
だが、ヒビ一つ入らなかった。
上から灰色のシャッターが下りてくる。
椅子を何度も何度も叩きつける。
ガラスはわずかにきしんだ音を出すだけだ。
「防弾ガラスだなんて、聞いてないぞ!!」
椅子をシャッターの下に押し込む。
しかし、シャッターは強引に下りてきて、ついには鉄パイプ製の椅子を曲げてしまった。
思わず手を離す。椅子が外れ、シャッターが閉まりきってしまう。
こうしてビルは、完全に封鎖された。

「どうなってやがんだ!」
『デスレックス』のリーダー、高田たかだたかしが拳を椅子にぶつける。
いきなり乱入してきたCPU艦は、明らかに強すぎた。
ゲームバランスも何もあったもんじゃない。
「そうカッカするなよリーダー。試行会なんだし。」
「だからこそだ!」
椅子を蹴飛ばす。
ちょうどそのとき、ドアが外側から開いた。
そこに蹴った椅子が突っ込む。
『コメッティ』のリーダー、木下きのした和真かずまはなんとかかわしたが、
ほかの面子はもろに当たったようだ。
脚の一番痛いところに。
「乱暴だな。その短気さが命取りだ。もう少しでこちらがとどめをさすところだったのだが。」
「なんだと! …とはいえ、お前らもやられたようだな。」
『デスレックス』のチーム部屋に入ってきたということから察したようだ。
「奴はレーダーにすら反応しなかった。いや、したと思った瞬間にはこちらが沈められていた。」
「まさか、最初からこれを狙っていたのか?こんな罠を…?」
崇が拳を打ちあわせて怒りに震える。
「いや、どうやら違うようだ。これはシステム自体にエラーが発生しているのかもしれん。」
どちらにしろ、両方ともやられてしまったのだ。確かめようがない。
「残りの奴らのところへ行く。なにかわかるだろう。」
いまだに痛がる『コメッティ』メンバーを尻目に、『デスレックス』面子メンツは部屋を出ていった。

「艦長、強力な電波による通信をキャッチ。強制的にメインスクリーンに表示されます。」
「強制的?」
メインスクリーンに『コスモ』のマークが表れた。
『実行エラーが発生しました。実行エラーが発生しました。実行エラーが発生しました。実行…』
「エラー?」
愛がいぶかしげにそれを見る。
「えら?」
ボケた洸汰をだれも突っ込まない。
「こっから戻る? っていうか戻れる?」
愛は質問を大抵、静香にするようになっていた。
「ここからなら大丈夫。戻る?」
「うん。それでいいわよね、みんな?」
全員の顔を見る。
「意義無し」
「まぁいいけど」
「戻るんならさっさとしようぜ」
三者三様の答えが返ってきた。
「じゃ、戻ろう。工藤、回頭して。」
「へいへい。」
メインスクリーンの端には長い相談の末に決まった艦名が書いてあった。
【レイ・グランディス】と。

崇達が部屋に入ると、すでに正面スクリーンは格納庫を映し出し、帰還したことを告げていた。
「あれ?デスレックスとかいったわよね?どうしたの?」
いち早くVRスコープを外した愛がそう尋ねたのは、
本来なら自分達のはるか先にいるはずのチームがここにいたからである。
「うちの艦は…やられた。CPUが暴走してやがる。」
「そうと決めるのは早いな。とはいえ、うちもやられたからには黙ってはいない。原因を探りにきた。」
コメッティの艦長・和真も来ている。
「なによあんた達。弱いわねぇ。」
「だから違うって言ってんだろ!このアマ!」
「なぁに?やる気?」
艦長三人が互いを睨み合っている。
いや、一人は面白げな視線で二人を見ている。
「やれやれ、中原は相変わらず喧嘩っ早いな。」
洸汰がため息をつく。
前回の大会でも戦闘前に相手を口論でコテンパンにやっつけていた。
手も出てた気がするが、それは置いといて。
「それはともかく、落とされたって?」
一哉が問う。
「我々コメッティとデスレックスは互いに牽制けんせいしながら対戦していた。
そこに現れたのが深青色の戦闘艦だった。
ゲームバランスなど、はなから無視した強さだったよ。」
「うちの強固な装甲も一撃で貫きやがった。シャレになんねぇ。」
出撃前のデスレックスを一応ながら愛たちも見ていた。
あんなゴテゴテでその有様では、ランクが違うだろう。
「主催者側はどこにいるンだ?」
祥太郎は苛立いらただしげに言った。
途中で戻るハメになったのを怒っているらしい。
「控え室にいるかもしれねぇな。」
「よって来なかったの?」
静香が非難の眼差しで他艦の艦長二人を見つめる。
「状況がわからなかったからな。
まだプレイ中のこっちに様子を探りにきた。」
「実行エラーなんて出たの知らなかったし、ってわけかな。」
一哉があくびをしながら言った。
「あくびなんかしてる場合じゃなさそうよ。とりあえず、話を聞かなきゃ」

ドアが開いた。
彼は驚き、椅子から落ちた。
「あれ、司会者さん?どうしたんですか?」
最初に入った静香が顔を覗き込む。
まだ彼の震えは止まっていない。
「なにビビッてんだよ?」
祥太郎の機嫌は当分直りそうもない。
「こ、このビルは…閉鎖された…何者かが…ハッキングした…」
「ハッキング?外部から?」
「いや…内部…だ。」
ようやく少し落ち着いた司会者が立ち上がりながら言った。
「内部から、かなりの腕前を持つものが侵入した。
テロの可能性も高い。『コスモ』は世界的に貴重だからな。」
「テロ!?」
「マジで?」
パイロット二人組がしっかりリアクションをとったが、
その他大勢はわりと普通の反応だった。
「しかし、手が無いわけでは…多分無いだろうが…」
「それじゃあ、どうするの?」
その愛は非難じみた視線で司会者を見ていた。
司会者、再び動揺。
「あ、あの、いま、警備部からの連絡を…」
『無駄よ。』
少女とも大人の女性ともとれる声が部屋に響く。

『あなた達は罪を犯した。だから罰するの。』
「だ、だ、誰だ!?」
関野は完全に怯えていた。
「この部屋を盗聴している!?」
一哉があたりを見まわす。
「いや、見えているンだろうな…」
祥太郎が呟く。
「どういう意味?」
応じるかのごとく、静香が聞く。
「このビルの官制システムはすべてテロリスト(仮)の手に渡っているはずだ。
しかし、な。考えてみろや。
テロリストがなぜこんなところまで監視する必要がある?
内部犯ならなおさら、ここはチェックする必要がねぇ。
ここは無数にある端末の一つなンだろ?」
「そ、そうです。」
関野が声を絞り上げて言う。
「部外者と素人しかいない、外からの侵入も困難。
ここの話を聞いていた理由は一つ、最初から聞こえてたってワケさ」
「それは、つまり…?」
「最初からいた者。それもここを中心にしていた。
考えられるのはシュミレーションに携わる者。
特にこの場所を気にするのは…人工知能本体だ。」
『そう、私の名はコスモ。名推理ね、工藤君』
「それに、その大人ぶった口調は、経験の少ない人工知能特有のもンだ。」
「おいおい、そんなに挑発して…」
洸汰がとがめる。何か気になるらしく、あちらこちらを見ながらだが。
「人工知能ってのは、理由無しに怒りはしないのさ。」
『そう、私がただの人工知能だったらね。』
今まで黙っていた崇が急に怒鳴った。
「なぜ俺たちを攻撃した!俺たちは真剣勝負の最中だったんだぞ!
邪魔しやがって!」
『私は邪魔者を排除しただけ。』
声は平然としている。
だが、動揺は漏れていた。
「本当に普通とは違うみたいね。」
静香がカメラの前に立つ。
「あなた、今まで人と話したことが無いような感じがする。」
『お父様は…私を不完全に作ることで自発的に感情を…
いえ、あなたたちに話す必要は無い。』
(って本当に不完全なのね……)
静香は心の中で呟いた。
「ようするに、経験不足ってやつか。」
「それは俺が言っただろ!」
またボケる洸汰に祥太郎が間髪かんぱついれず突っ込みを入れる。
『…これ以上おしゃべりをするつもりは無いわ。じゃあね。』
演技だろうか、言うと同時にカメラが反対方向をむく。
「ま、いなくなったところで行動は筒抜けだろ。」
祥太郎が大きくあくびをする。
「ンで、司会者サン。これからどうするんだ?
あんただろ、さっきコスモが言ってたのは。」
「お、俺はなにもしてなどいない!
俺はただ、中の様子を見ようとアクセスしただけ…」
一哉が問う。
「作動中でも中には入れるの?」
「…素人」
洸汰が呟く。
「もちろん可能だ。だが、パスワードがもちろん必要だし、
ファイアーウォールも存在する。」
「だが、それに入れるのは一部だ。
まだ公開されていないはずのコスモの位置をすでに知っていて、
そこにハッキングできるのはこのビルにいる数人しかいねぇだろうな。
そして、その怯えかた。間違いねぇな。」
関野は観念した。

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