T、プロローグ


 人工知能というのは人が作り出した思考…あくまで心ではない。
人工知能が自らの『感情』で何かをしようとすることなどありえない。
それがこの時代、この世界での一般常識。
だからこの事件は
「最新鋭の人工知能がウイルスに侵された結果」
として記録されている。
公的には明かされていないこの事件の、真相を知る人物は、消された『記憶メモリー』を心の中だけに留めた。
いつか、彼女が本当に戻って来れるように…


 事故が起こりうる要因は無いはずだ。
最新鋭人工知能「コスモ」の技術主任である富塚は確信していた。
HR―P型の中で、いや、世界の人工知能で最も処理速度が速い「コスモ」。
その力は近日、巨大なゲーム機に搭載し、発揮される予定だった。
ゲーム機の名はそのまま「コスモ」と呼ばれることになった。

そして迎えた最終日。
「こいつを送り出すのはつらいな。今となっちゃ、我が子同然だ…」
富塚は最終チェック作業を終え、一息ついたところだった。
「よし、お別れの挨拶と行こうじゃないか。いくらこいつが機械だからって、必要なことだ」
周囲のスイッチを一つずつ入れていく…。
そのスイッチが一つ入るごとに周囲が活気づく。
この部屋のほとんど全てがコスモの支配下にある。
「コスモ、起動せよ」
『…HR-P05/コスモ、起動します。』
コスモが起動すると同時に、周囲の機器がすべて起動した。
スクリーン上には女性の顔が映っている。
年の頃は二十代に入るか入らないか…いずれにせよ、合成画像であることに変わりはない。
『おはようございます。富塚主任。』
「おはよう。いよいよ明日だな。」
画面の女性の顔の表情は変わらない。
『準備はできております』
「心の準備は?」
『…私には必要ありません。』
「そうだったな。」
コスモの表情は少し陰ったが、これもプログラムの一部にすぎないのだ。
それでも、最近のAIに比べたら控えめといえる。
『何かご用でも?』
「いや、お別れの挨拶でもとな」
『そうですね。もうあなたに会うことはないんですからね。』
「ああ。自分の娘が嫁に行くのと同じ気分だ。」
『私は感情というものがわかりません。でも、その言葉の意味は理解できます。今までありがとうございました。』
「お互い様さ。俺もおまえと会話することで、すこしは人嫌いも直ったしな」
『…今日の日課はすでに終了しています。あまり長居はできないのでは?』
「そうだな。だからこそ、最後の言葉だ。」
いったん区切って、コスモのメインカメラを見つめた。
そして、淡々と語りだす。
「おまえは機械だ。だからこそできることもある。人間にしかできないものも、ある。
だけどな、おまえは自分で考える力があるんだ。限りなく、人間に近いんだ。
人間にしかできないことがあるって言ったな?
人間にしかできない事ってのは恋だよ。
いや、愛そのものか…。
機械には疑似以上の感情は持てない。
でもな…おまえならできる気がするんだよ。
それは、可能性じゃなくて、希望なんだけどさ。
おまえなら本物の感情を手に入れられると思う。
疑似感情をほとんどいれなかった理由の一つさ。
おまえなら機械って枠を超えられる気がするんだ。
いつか…な。」
『…メインメモリーにセーブしました。システム、終了処理完了。さよなら、お父様…』
周囲の機器の電源が一つずつ落ちていく。どうじにコスモ本体がゆっくりと作動音を小さくしていく。
「お父様…?」
作り主である自分を父と呼んだ…。
その言い換えは機械の範疇では無い…。
少なくとも、自分はそのようなプログラムは入れていない。
それは、コスモに期待していた成果・・が出てきたことを意味していた。
「く…くっくっく…」
くぐもった笑い声をだし、密かに持ち込んだ高級酒をとりだした。
一気に飲み干す。
なおも笑い続ける富塚の頬を一筋の涙が流れた。

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